第4話 俺の考えの浅はかさについて

5月14日水曜日

 

 俺は、川村先輩の指示で教室待機をしていた。今日も実行委員長からもらった資料を整理する必要があるからだ。

 ちなみに、待機しているのは川村先輩の教室。

 教室の中には誰もいない。

 同じ学校なのにまるで居心地が良くないのはなぜだろうか。

 でも、こうやって何もしないのは時間がもったいない。

 待っている間、今日出された課題でもすることにした。


 

 5分くらいすると、教室のドアを開ける音が聞こえた。

 川村先輩かと思って前を向くと、そこにいるのは俺の担任である数学の渡先生だった。


「よう、木上。2年の教室で何しているんだ?」

「川村先輩を待っています」

「おう、そうか。2人とも文化祭の実行員だったもんな」


 渡先生はノートをたくさん持っていた。

 きっと、川村先輩のクラスの数学を担当しているのだろう。


「ちゃんと仕事しているか?」


 先生はノートを整理する片手間といった感じで聞いてきた。


「してますよ」


 俺は、それに対して課題をやる手を止めて答えた。


「川村にまかせっきりになっていないよな?」


 変わらず先生は聞いた。


「大丈夫ですよ」


 何ならこっちがまかせっきりにされてるくらいだから。


「ならいいんだがな」


 先生はそう言うと、教室から出て行った。



 そして、それと入れ替わりのタイミングで川村先輩が入ってきた。


「ごめんね。待たせちゃったかな」

「大丈夫です。今来たところなんで!」

「ありがとう」


 川村先輩は特に慌てることもなくさらっと返した。

 そして、前回と同じくらいの資料を机の上に置いた。

 まるで、こんなことを言われ慣れているかのようだった。

 俺と川村先輩は、資料の整理を始めた。

 今回は来週の企画に関してのものだった。



 1時間30分くらいたったころだろうか。

 ようやく資料の整理が終わった。

 今回は川村先輩が途中で抜けることがなかったので、作業は前回よりも早く終わった。



 俺は、荷物をまとめると川村先輩にさよならを言って教室を出た。

 そして、玄関に1人で向かうと、偶然担任の渡先生に出会った。


「よお、木上。また会ったな」

「こんにちは」


 俺は、挨拶だけして帰ろうと下駄箱で靴を取ろうとした。


「そういえば、数学の課題、お前だけ出していなかったよな」

「えっと……」


 忘れてた……。

 俺は、靴を持ったまま一歩ずつ後ずさりをする。


「残ってやってもらおうか」

「はい……」



 俺は、自分の教室に入ると数学の教科書を開いて課題を始めた。

 特に、急いでやる理由もなかったため俺はゆっくりと課題を進めた。



 やっと課題が終わったので、時計を見てみると時間は午後7時目前。

 あれからなんだかんだゆっくりしていたら2時間くらいたっていた。

 これどう見ても1日で出す量じゃないだろ!

 俺は、心の中で突っ込みを入れた。

 まあ、期間が1週間あったからもともと一日でやる量じゃないんだけど。

 俺は、階段を下りて職員室へと向かった。

 1年生は1番上の4階にあるため、2階にある職員室はまではなかなか距離が離れている。

 俺は何とか終わらせた課題を持って職員室に向かっていると、ふと、川村先輩のことが気になった。

 まあ、この時間だし教室には誰もいないだろうけど。

 俺は、そんなことを考えながら川村先輩の教室へと向かった。



 かたかた、とんとんとん。



 教室には無機質に資料整理をする音が聞こえてきた。


「先輩……」


 俺はドアをゆっくりと開けて声をかけた。


「やあ、木上くん。帰ったんじゃなかったの?」

「先輩こそ…」

「ちょっと仕事が残っていたからね」


 そんなことを言いながら、整理している資料はさっき俺と川村先輩で半分に分けた時の4倍はあった。


「その資料は……」

「見られちゃったね。まあ、これも全部私の仕事だから気にしないで」


 川村先輩の声はまだまだ大丈夫そうだったけど、ペースはさっき見た時よりも明らかに落ちていた。


「俺も手伝います!」

「大丈夫だよ。もう遅いから君は帰ったほうがいい」

「いえ、先輩の手伝いをさせてください‼」


 俺は少し意地になった声を出して言った。

 さすがに、これだけの量の仕事を押し付けて帰るわけにはいかない。

 すると、川村先輩は少し困った顔をしながらありがとうと言って頷いた。



 結局、あの後1時間くらい作業したところで先生が来て今日は帰りなさいと言われた。

 俺は、ちゃんと元の仕事の量から半分を貰って先輩と校門前で別れた。



 川村先輩は俺にできるだけ負担をかけないようにしてくれたんだ。

 でも、見た感じ1日で終わらせる量ではないよな。

 そこは改善して欲しいと思う。

 でも、それは今考えても仕方がない話だ。

 昨日までの自分の思考が浅はかすぎたことに嫌気がさす。

 本当なら書記なんてやりたくはない。

 でも、俺が楽をすれば先輩に迷惑が掛かる。

 それは、ダメだ。

 

 頑張るしかないな。

 俺自身のためにも。

 そして、川村先輩のためにも。




5月15日木曜日昼休み

 俺は、昼休みで教室にいた。

 もちろん、1人で。

 実行委員会に入ってもクラスの中での交友関係は広がる気配はなかった。

 そして、昼食の弁当を食べ終えるといつもの人が来るのを待っていた。


「木上いるか?」


 やってきたのは実行委員長。


「います」


 俺は、小さく返事をしながら実行委員長の方へと向かった。


「今日の放課後は実行委員会があるらな」

「分かりました……」


 俺は、小さく頷いた。

 そして、先輩はきゅいっと音を立てて教室を後にした。

 本当なら言いたいことがある。

 でも、まだ実行委員長とはほとんど話をしたことが無い。

 しかも、凄く体育会系のオーラを身にまとっている。

 俺は、先輩の背中を見ることしかできなかった。




放課後

 2回目の実行委員会。

 今はまだ放課後になったばかりでぱらぱらと人が集まっている状態だ。

 そして、その中で俺たち4役は実行委員長に集められた。


「今回の実行委員会では、実行委員長、副実行委員長、書記(2名)以外の4役以外を決める。基本は俺と相良で進行するから、書記の2人は資料整理をしていてくれ。そっちは終わったら先に帰っていいから」

「分かったよ」


 川村先輩が頷いた。

 でも、俺は快く頷くことはできなかった。


「それじゃあ、これが資料だ」


 そう言って渡されたのは、昨日と同じ分量。

 いや、それ以上にも見える。


 これも上司からの命令と思えば仕方がないことなのか。

 俺にできることは無いのか。

 そしてふと横を見ると、そこには少し目を細くした川村先輩の姿。

 そして、思い出す。

 俺は、頑張らないといけない。

 俺と川村先輩のために。


「ちょっと、待ってください」


 3人の視線が俺に集まる。

 視線が怖い。



 でも、逃げるわけにはいかない。



「少し、よろしいですか?」

「なんだ?」


 実行委員長は顔色一つ変えずにこちらを見た。


「あの、川村先輩に渡す仕事の量が少し多すぎませんか?」

「適量を渡したはずだ。それに、あの仕事は2人で分担するはずだろ」

「でも、川村先輩は弓道部で部長をしているし…」

「そんなのは関係ない。それも承知で書記になったんだろ」

「でも、、」

「木上くん。私は大丈夫だから良いよ」

「でも……」


 俺は、言葉に詰まった。

 やはり、気持ちや勢いだけではどうにもならないということか。

 俺は、少し俯いて返す言葉に戸惑った。


「3人ともぴりぴりしずぎだよ!」


 止めに入ったのは副実行委員長の先輩だった。


「何のためのこの4人なの?仕事が多かったら助けてって言えば私たちはいつでも協力するから。それと、大介は言い過ぎ。もうちょっと相手のことも考えないと」


 この一言で4人は何も言えずに黙った。

 そして、実行委員長の一言でこの沈黙は破られた。


「すまなかった2人とも。少し言い過ぎた」

「こちらこそ、すみませんでした」


 俺も願成寺先輩に遅れて慌てて謝罪をした。


「よし。仲直り完了だね‼」


 そう言うと、副実行委員長の先輩は、俺と願成寺先輩の背中を軽くとんとんと叩いた。



 俺たちの資料整理は、何だかんだで実行委員長、副実行委員長の先輩を含めた4人全員で終わらせた。

 そして俺は、下駄箱で自分の靴を取って1人で帰ろうとした。

 すると、川村先輩後ろから近づいて来た。



「今日は私のためにありがとうね。すごくかっこよかったよ」



 俺は心臓をぎゅっと掴まれた感覚になった。

 俺とは逆の帰り道を歩く川村先輩の後ろ姿が今まで以上にかっこよく見えた。

 そして、今のセリフについて心の中で考えた。

 生まれてかっこいいなんて言われたのは初めてなのではないだろうか。

 俺は凄くどきっとする気持ちに襲われた。

 この気持ちは何なのだろう。




5月16日金曜日午後17時50分

 駅周辺はそれほど人通りが多いというわけではない。

 それでも、ご飯を食べる所はいくつかあることに加えて今は金曜日の夜。

 いわゆる花金だ。

 学生よりもサラリーマンらしき人が多くいる。

 俺は、先生がいないか少しだけ心配しながら集合場所へと向かった。

 まあ、別に見つかっても問題は無いだろうが、寄り道に関しては一応禁止されている。

 コンビニとかならほとんど黙認状態だが。

 だとしても、あんまり遅くに出歩いていることが見つかると軽く面倒な手間が生じることは容易に想像がつくのであまり長いはしたくないなぁとちょっとだけ思った。

 でも、本当に心配なのは実行委員会の先輩達に会うこと。

 昨日、俺が後輩であるにも関わらず結構生意気なことを言ってしまった。

 あまり人と話をしないせいもあって、この後どうやって関係を作り直せばいいのか俺は知らない。

 気にしてないと良いけど……。


「よう、木上じゃないか」


 肩を叩かれたので振り向くと、そこには実行委員長と副実行委員長の先輩がいた。

 確か名前は願成寺先輩と相良先輩。

 昨日の一件もあって名前は覚えることができた。


「どうも」


 俺は、軽く会釈をして返した。


「後は川村だな」


 平然とした顔で2人は俺に接してくれた。

 どうやら昨日のことは気にしていないようだ。


「遅れたかな」


 そう言うと、川村先輩が後ろからやってきた。


「遅いよ、雫」

「一応、時間内なんだけどね」

「あれっ、そうだっけ?」


 相良先輩は人差し指を顔に当てて、ニコッと笑いながらあれれってポーズを取った。


「時間も無いし、そろそろ行くぞ」


 けれども、願成寺先輩がそう言うと俺たちは店があると思われる方へと歩き出した。



 お店には歩いて5分ほどで着いた。

 着いたが……。

 先輩たちは何の躊躇もなく入っていく。

 実行委員長に関しては何だか手慣れている感じだ。

 何だか貫禄すら感じる。

 えぇ……。

 でも、俺が引くのも当然。

 なんと、先輩達と入ることになったのは店名だいすけ。




 一般的には居酒屋と呼ばれる所だからだ。

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