交差~あなたに出会ったことが間違いでした~

きなこ

第1話 始まり

結婚して2年。深月(25)は夢に見ていた好きな人との幸せな日々を送っていた。

あの日が来るまでは………。


『ただいま入ったニュースをお伝えいたします。殺人未遂容疑で逮捕されていた碧凌太容疑者が本日逃亡いたしました。警察は身柄を追っている模様です。以上、ニュースをお伝えいたしました。』

こんなニュースが全国放送で流れるなんて、4か月前までは思いもしなかっただろう。愛は人を狂わせ、狂った感情は人を人ではなくしてしまうことを、深月は思い知らされるのだった。


~4か月前~


「ただいま~」

深月の夫である凌太(25)は、一般企業の会社員をしている。

深月は日中の間に大学時代に学んだ保育士の資格を活かし、保育園でパートをしている。

「おかえりなさい。お仕事お疲れ様」

二人の出会いは、大学の頃。児童教育学部だった深月と、経済学部だった凌太は、共通科目の授業の際に、グループワークが一緒だったことから知り合い、距離を縮めた。

「今日も美味しそうなご飯。いつもありがとう。深月も仕事あるのに」

食卓には美しい見た目の料理たちが数多く用意されていた。

「全然、大丈夫だよ。凌ちゃん美味しそうに食べてくれるから作り甲斐あるんだよね!」

二人はそんな風に会話しながら、抱きしめ合う。

「じゃあ、食べよっか」

食事を始めた二人は、食感や味を楽しみながら、今日起きた出来事を話すことを日課にしていた。

「そういえば、今日お昼に連絡があって、今度の土曜日兄さんが海外出張から帰ってくるから久々にご飯でもって母さんが」


凌太の兄、直紀(31)は、製薬会社で働いており、三か月前に海外へ。

頻繁に連絡を取り合い、近況を話し合う仲の良い兄弟で、よく家族でも食事に出かけている。そういう温かい家族の形に憧れて、深月は凌太との結婚を決意した。


「それになんか大事な話があるらしくて、お義姉さんもくるみたいだよ」

「そっか、分かった。じゃあその予定でいるね」


食事を終え、深月は台所で片づけをしていると、凌太はソファに置いているカフェのチラシを見つける。

『カフェショップDawn NEWオープン!』


「あ、それね、今日仕事の帰りにチラシ配っててもらったんだよね。今度日曜日友達誘って行ってみようかなって思うんだけど、いいかな?」

「全然いいよ。家のこといつもしてくれて、仕事もして、俺の家族のことも気遣ってくれて、ちゃんと息抜きしてほしいし。楽しんできて」




~土曜日~

凌太の父、母、直紀、凌太、直紀の妻の絢音、深月が家族の集まりに揃った。

碧家は白で統一された空間で二階建ての高級感のある自宅で、開放的な窓の傍で食事をする。

「おかえりなさい、直紀。今日はいっぱい食べてちょうだい」

「ありがとう、母さん」

洋風料理がテーブルに用意されている。

「母さん、せっかく直紀が海外から帰ってきたときくらい、和食にした方がやっぱりよかったんじゃないか」

「あら、碧家の家庭料理は洋食なんだし、和食が食べたかったら、絢音さんにお願いするわ。ねっ絢音さん」

凌太・直紀の母は、10~20代の頃ほとんどの時間を海外で過ごしたことから、洋風料理に慣れ親しんでいるため、碧家の家庭料理になっている。


「そうですね、この三か月間、誰かに料理をすることなんてなかったので、気合い入れて直紀さんの為に作りたいです」

「ほら~、直紀感謝しなさい。こんないいお嫁さんが来てくれて。私は凄く嬉しいわ」

「母さん、絢音さんにあまり負担になるようなこと言わないでくださいよ。彼女も今仕事で忙しくて、私のことまで気にかけてくれてそれで十分なんです」

「あら、そんなに今式場忙しいの?」

直紀の妻、絢音(29)はウェディングプランナーとして、働いており、直紀が出張の時も式が立て込んでいた。

「そうですね、少し。でも幸せな事です。好きな方と結婚されて幸せそうな人が増えることは」

深月達が結婚する際も、絢音がプロデュースを行って、結婚式を挙げた。

「深月さんもお仕事はどう?やっぱり大変?」

「そうですね、大変ですはありますけど、家に帰ったら凌太さんが話を沢山聞いてくれるので支えられてます」

凌太・直紀の母は微笑みながらあら〜と頬に手を当てていた。

「あ、それでさ、大事な話って何なの?」

「そうだった、そうだった。お父さん」

二人は食事していた手を止め、真剣な表情を見せた。

その空気を察して、四人も手を止める。

「実は、少しの間母さんと一緒に海外の友人の別荘に行くんだ。それで、母さんと相談したんだが、

私達が帰ってくるまでこの家でみんなで住んでくれないだろうか……」

「そのね、家を空けるのも不安だし、どちらかにお願いするっていうのも、なんだかやらしいじゃない。だから、この際二夫婦に住んでもらうのがいいんじゃないかと思ってね、どうかしら?」


「いやいや、そんなこと急に言われてもさ……。

俺と兄さんはまだいいとしても、深月とお義姉さんが困るでしょ」

「私も、凌太の言う通りだと思います。

どうして急にそんなことになったんですか」


「お父さん、去年医学部の教授引退したでしょ。それでね、こんなにゆっくり過ごすなんてこと今までなかったから、旅行でも行こうって話してたのよ。そしたらちょうど海外の友人に誘われて、海外を満喫しようってなってね」

凌太は納得のいっていない様子で母に問いかけていた。

「海外に行くにしても、どうして俺たち二夫婦がここに住む必要があるの?せめて、どちらかで話し合って一夫婦が住めばいいでしょ」

心で話し合っているかのように母と父は見つめあっていた。

「凌太はどうしてそこまで嫌がるのよ、別に家が広いんだからいいでしょ。それに、兄弟揃ってこの家守っててほしいのよ、母さんたちのお願いたまには聞いてちょうだい」

母に押し切るように言われて、凌太も一歩引いて何も言えなくなる。

「母さん、落ち着きなさい。

絢音さんと深月さんには申し訳ないんだが、少しの間お願いできないだろうか……」

優しい口調で2人に問いかけていた。


「そうですね、少しでしたら楽しいでしょうし、私はいいですよ。深月さんはどう……?」

絢音があっさりと承諾した手前、深月もそれはちょっととは言えず、OKしてしまった。




〜その日の夜〜


ソファに座る凌太は、不安げな表情を浮かべて隣にいる深月をじっと見ていた。

「ん?テレビ、かえる?」

「いや、そうじゃなくて、本当に一緒に兄さん夫婦と住むの、嫌じゃない?」

あまりにも不安そうな顔をしているので、深月は元気の無い子犬に見えていた。

「うーん、ずっとじゃないし、それにお義母さんとお義父さんも家の事心配しないでゆっくりリフレッシュできるなら力になりたいと思って」

「分かった。深月がそう言ってくれるなら俺はもう何も言わない。でも、ありがとう、母さんと父さんのこと思ってくれて」

二人は手を繋いでテレビをまた、見始めた。




〜日曜日 カフェ『Dawn』〜


オープンしたばかりで、人の列ができている開店時間前に、友達を待ちながら深月は最後尾で並んでいた。

「ごめん、深月!おまたせ」

シンプルなデニムと白いTシャツが映える綺麗な顔立ちで、長い髪の毛をなびかせながら女性が深月を呼んだ。

「あ、唯夏。大丈夫、私も今来たところだから」

「しかし、オープンってだけあって、結構な人数だね」


高校入学の時に唯夏と友達になった。ただ、高校二年生で唯夏は転校してしまい、連絡は取っていなかったが、去年の同窓会で再会した。

〜1年前〜


「あれ?深月。久しぶり、私、喜村唯夏」

「え!? 唯夏。ちょっと雰囲気変わったね。何か美人さんになった」

「なにそれ(笑)深月は変わってないね〜」


八年ぶりの再会で、昔は芋っぽかった唯夏の変貌ぶりに少し深月は驚きつつ、昔の仲良かった友人に再会できて、今では頻繁に会っている。

高校時代の思い出に深月は浸っていると、あっという間に、列が前に進み、カフェの中は木製で作られたテーブルやイスに、観葉植物など日が差す自然なナチュラルカフェだった。

唯夏はカフェの内装に興味を持ちながら、席についた。


「シンプルな内装だけど、こういうの安心するよね。あ、メニュー見よう」

注文した後、深月の表情に何か気づいたのか唯夏から言葉を発する。

「ねえ、何かあったの?新しいカフェオープンして楽しみにしてたの深月なのに、全然楽しそうに見えないけど」

「え、あ、ごめん。せっかく私から誘ったのに……。実はさ、ちょっと聞いてくれる?」


深月は二夫婦同居の件を唯夏に話した。


「お~、そりゃまた凄い展開になったね。それにしても、旦那さんのお兄さんのお嫁さんと親しかったっけ?」

「あんまり個人的に話したことはないかな……。家族のお食事会とかで顔合わせするくらいだしさ」

「よくそれで、いいよなんて言ったよね~」

深月は口をとがらせて、唯夏から目線を逸らした。

「だって、旦那さんのご両親が困ってたから。断れないかなぁ〜って」

「本当に、昔からそうだけど、深月は人に対してNOと言えない人だよね」

深月は、凌太や凌太の両親には嫌われたくない気持ちがあるため、本音を話せるのは唯夏だけ。

唯夏との話す時間がリフレッシュになっている。


「唯夏はさ、彼氏さんとどうなの?なかなか忙しくて会えてないって言ってたよね」

「え、あー。それが、お互い仕事がちょっと落ち着いたから今度会えることになって」

唯夏は、看護師をしていて、病院で働いている。

唯夏には、彼氏がいて、あまり自らは惚気話はしない。

「ねぇー。いい加減彼氏さんの写真見せてよ。どんな人なの?」

「普通の人だよ」

「ケーチー。そろそろ話してくれてもいいじゃーん」

そんな風にいつものやり取りを騒がしくしていると、スッと横から男性店員が、デザートとドリンクを運んできた。

「お待たせいたしました。チーズケーキとホットコーヒーです。ごゆっくり召し上がってください」

「わあ~美味しそう。写真撮って、旦那さんに送ろうっと」

はいはいと呆れた様子で、唯夏はコーヒーを飲み始めた。

「うん、これ、美味しい」

「あ、コーヒー?本当だ。美味しい」

「多分、さっき運んでくれた男の子、バリスタじゃないかな?ずっと、キッチンでコーヒー淹れていたから」

深月は、キッチンの方へと視線を向けて、店員を探した。

「唯夏、よく見てるね。バリスタって気づかなかった。私達より若いだろうに。凄いな~」

「そうだね。デザートも美味しいし、雰囲気もいいし、今度旦那さん誘いなよ」

「うん。そうする~」

にやけた表情で、凌太にデザートの写真と今度一緒に行こうとメールを送っていた。

「今日、旦那さん何してるの?日曜は休みって言ってなかったっけ?」

「うん。休みだよ。でも、今日は家にいるって言っていたから、テレビでも観てるんじゃないかな」


ぽわぽわして浮かれている深月の表情を見て、唯夏は不安を感じてこう話した。

「深月のところはないと思うけどさ、私の職場の人で結婚して2年目で不倫されたって人、この間話聞いたんだよね。旦那のこと、しっかり捕まえとかないとだめだよ」

「不倫なんて、私のところは絶対ないから。大丈夫だよ。心配しなくて」

深月は、幸せそうにケーキを頬張っていた。

「そうだといいけどね……」

ボソッと唯夏は言葉を発したが深月は全く気付いていなかった。



食事を終え、カフェの前の、唯夏とわかれた後、深月は夜ご飯の買い物に行き、夕方、家に帰宅した。

「ただいま~。遅くなってごめんね」

「ううん。友達とカフェ、楽しかった?」

「うん。カフェも凄く気に入っちゃって。今度は一緒に行こうね」

深月は話しながら、買い物した食材を台所で冷蔵庫に整理していた。後ろから、凌太は深月を抱きしめた。

「どうしたの?」

「ううん。深月がリフレッシュできて良かったなあと思って。でも、寂しかったからちょっと充電させて」

深月は、唯夏に言われた「しっかりつかまえとかないと不倫する」という言葉が頭の中に残っていたが、こんな風に自分を大事にしてくれる人が他の女性と遊んでいるわけないと強く思い、唯夏に苛立ちさえ覚えていた。

「今日、一人でずっと家にいたの?」

「うん。映画観てたよ。面白かったから深月も一緒に観よう」

「え~どんな映画だろう。気になる」

夕食を済ませ、深月は食器を洗い、凌太はお風呂に入っていた。


ピコンッ

ピコンッ

テーブルの上に置いている凌太の携帯が何度か鳴った。

深月は少し気になって携帯の方へ近づいていったが、疑う自分も嫌で見るのをやめ、洗い物に戻った。

そこに、凌太が頭をタオルで拭きながらリビングに来た。

「あ、凌ちゃん。さっき携帯鳴ってたよ」

「ありがとう。多分、会社の同期からだ。最近ご飯行こうって誘われてて」

「そうなんだ」

凌太は何かを感じて、キッチンにいる深月の方へ近づいた。

「大丈夫。同期は全員男だから。それに、会社の飲み会とかも深月が嫌なら断るよ」

「ううん。大丈夫。心配してないよ。会社の人との付き合いだし、私のことは気にしないで行って来て」

凌太は、深月の頭を撫でて「ありがとう」と言った。

「明日、早いでしょ?先寝てていいよ」

「ありがとう。深月。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


深月はしばらくリビングで一息ついてから、寝室に向かった。

ベッドで既に凌太は眠っていた。


ピコンッ


サイドテーブルの上に置いている凌太の携帯がまた鳴った。


ピコンッ


また鳴った。


深月は気になって結局、凌太の携帯を手に取り、メールを開いた。

そこには差出人は♡になっていて、

『今日は一緒にいてくれてありがとう。いつもわがまま言ってごめんね。好きだよ』


深月はそれをみて、受け止めることができなかった。

一度も女性の影が見えたことのない、旦那が他の女性と不倫していたことに……。


「うそ、でしょ……」


ピコンッ


『奥さんにバレないように優しくしてあげてね』

そのメッセージに、怒りと憎しみ、悲しみ、色んな感情が湧き上がってきた。

そして、深月は決意した。

不倫相手のことを暴いて、絶対に制裁を加えてやると……。





2話に続く……。



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