第6話 連絡先の交換
「今日はありがとね、月島さん」
バイト終了後、店長は月島に今日手伝ってくれたお礼を言った。
「いえ、貴重な経験ができましたし、何より楽しかったです」
初めてのバイト。彼女は不安なことばかりだったと思うが、何事もなく無事終わったことにホッとしていた。
「ねぇ、これからもここで働いてみない?」
店長がそう聞くと予想通り彼女は首を横に振り断った。
「そうしたいところですが、親が許してくれないと思うので」
「そう、それならしょうがないわね。はい、これは今日手伝ってもらったお礼よ」
店長から受け取ったものはこの店で売っているクッキーだった。
「ありがとうございます」
「じゃあ、千紘くんはまた来週ね。月島さんは次はお客さんとして是非来てね」
「はい、行きます!(千紘のバイト姿を見るために)」
行きますの後になぜか俺の方を見てニコニコしていた彼女。その笑顔は俺は理解できなかった。
喫茶『MINAZUKI』から出ると月島は俺の腕に抱きついてきた。
「千紘、帰ったら膝枕を希望します!」
「わかった。今日は頑張ったもんな」
そう言って優しく頭を撫でると彼女は幸せそうに小さく笑うのだった。
***
「月島さん、おはよう」
「おはようございます」
週明け。何十人と挨拶されても嫌な顔1つせず笑顔で挨拶を返す月島。
疲れないのだろうかと思いながら俺は彼女の隣を歩いていた。
彼女のクラスは2組。俺は5組なので階段を上がってそこで別れた。すると誰かに後ろからポンポンと肩を叩かれた。
「見たぞ。月島さんと登校なんてラブラブじゃないか」
そう言ったのは同じクラスである深だ。
「ラブラブってそんな風に見えることはしていないぞ」
隣にいただけで手を繋いだり、くっついていたりしていない。
深と話ながら教室へ入るとひまりが駆け寄ってきた。
「おはよ、2人とも。ねぇねぇ、千紘。今日のお昼、私もあーちゃんと食べてもいい?」
あーちゃん……あぁ、月島のことか。俺は別に構わないが月島に聞かないと決められないな。
「それは月島に聞かないとな」
「あーちゃんになら昨日聞いたよ。いいってさ」
先に聞いたのかよ。てか、いつの間にか月島と仲良くなってる?
「月島がいいと言ったのならいい。ひまりが一緒に食べるとなれば深はどうするんだ?」
「俺もいいならご一緒したいね」
「わかった。深のことは俺から言っておくよ」
「おぉ、ありがと。お願いするよ」
***
昼休み。食堂の空いてい席に座って昼食を取ることになった。
席の配置だが、月島は迷うことなく俺の隣にすぐ座ってきた。そんなに俺の隣が良かったのだろうか……。
「ごめんね、あーちゃん。2人の邪魔する気はないんだけどあーちゃんと話せる機会ってクラスが違うからあんまりないじゃん。だからお昼一緒に食べたいなって……」
「いえ、私もひまりさんとお話ししたかったのでお誘い嬉しいです」
お昼休みが終わるまで月島とひまりは楽しそうに2人で話しており、俺は深と話していた。
いつも2人で食べていたが4人だと中々、月島とは会話ができない。
話なら帰ってからでもできるが、何だか不思議な気持ちになる。これじゃあ、二人っきりが良かったと思ってるようなものじゃないか。
「なぁ、千紘。もしかして訳あり?」
「どういう意味だ?」
急に深から訳ありと聞かれて一瞬ドキッとした。何かを見透かされてるような目を向けられてバレてるんじゃと思ってしまった。
「そのままの意味だよ。月島さんとの関係。詳しくは話さないし聞かないけどさ」
「……長い付き合いって怖いな」
深とは小学校から一緒だ。隠していても何となくで察しられてしまう。
おそらくひまりにもいつか気付かれる。俺と月島が偽りの恋人だと。
***
結局、月島とは一言も話さずに昼休みが終わり教室が違うので別れた。
放課後になると俺はゆっくりと帰る準備をし、彼女のクラスに向かった。
教室には月島1人で他の生徒は皆、先に帰っていた。1人だからかわからないが、彼女は机に突っ伏していた。
「月島、帰るぞ」
彼女に声をかけると体がピクッと動き手をプルプルしながら出してきた。
何をしてほしいのかはさっぱりわからないが、俺は取り敢えずその手を握ってみた。
「千紘……今日は何だか疲れました」
「何かあったのか?」
「昨日の疲れがまだ残っているんです」
昨日は確か月島は実家へ帰ったと言っていた。長時間の移動ではないと言っていたが、疲れたのだろうか。
「お父さんに色々言われて私が決める権利はないのですかと怒りそうになりましたよ」
月島が怒る姿って想像できないなぁ……。想像できないのは日頃、優しい彼女のことを見ているからだろうけど。
「月島のお父さんって厳しいのか?」
「厳しいとは思いますよ。私の交流関係まで何かしら言われますし」
「それは大変だな。過保護ってわけじゃなさそうだし」
月島の家庭が厳しいのは少し前に彼女自身から聞いたことがある。
小さい頃からいろんな習い事をさせられたり、跡継ぎだとかと言われて勉強やスポーツはできて当たり前。自分だけがやりたいと思ったことは基本させてもらえなかったそう。
彼女が一人暮らしをすることにしたきっかけはこれが関係している。家にいるより1人でいる方が堅苦しくなく自由でいいと。
一人暮らしを始めたきっかけとしてこれは俺と一緒だ。家族と過ごすことを苦とは思っていないが1人の方が気が楽でいいと思った。
「お父さんにいつか家に帰って来いと言われて千紘の側にいられなくなったらどうしましょう」
「どうと言われましても。月島の側にいてくれる奴はいつか絶対に現れるよ。嘘の恋人の俺なんかよりもっと頼りになる人が」
今は頼まれて彼女の側にいるが、嘘の付き合いはいつかは終わる。
俺がいなくてもいい日がいつかきっと来るだろう。
「……千紘のバカ」
「何か言った?」
「何も言ってませんよ。さて、帰りましょう。今日はシチューが食べたいです」
「それなら帰りにスーパーに寄って帰るか」
教室を出てスーパーへ向かうことになったのだが、今日はいつもより月島との距離が近い。
俺が彼女の方に寄ってるのではなく彼女が俺の方に寄っている気がする。
そう思っていると彼女は俺の腕に抱きつき、こちらを見て口を開いた。
「あ、あの……」
「どうした?」
「この前、思ったのですが、私達、連絡先を交換してませんでしたよね?」
「あぁ、そうだな……交換しておかないか? いつでも連絡が取れるように」
「はい、是非しましょう」
連絡先の交換はスーパーに寄り家に帰ってきてからした。
「これで追加されたな。今から夕飯作るから月島はゆっくりしてて」
「わかりました。準備の時は手伝いますので呼んでください」
彼女はそう言ってソファに座り、スマホの画面を見て嬉しそうにしていた。
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