第5話 喫茶『MINAZUKI』
「ふにゅ~、疲れました」
家に帰るなり、彼女はソファの上で寝転がっていた。
ショッピングモール、電車とどこも人が多くて疲れたのだろう。俺も正直に言って少し疲れてしまった。
けど、月島と一緒にどこかでかけて楽しかった。あれがデートになっていたかはわからないが、また彼女と出掛けたい。
「千紘」
寝転びながら何かアピールしていたので俺は彼女の近くへ行った。
「膝枕して……か?」
「いえ、膝枕してあげます」
彼女はそう言って起き上がり膝をトントンと叩いた。ここに寝ころべということだろう。
「いつもしてもらっているので今日は千紘の番です。甘々に甘やかしてあげます」
ニコニコしながら待っているので断ることができず俺は彼女の膝に寝ころんだ。
目を開けると月島と目が合った。長い髪が顔に当たってくすぐったい。
「頭、撫でてもいいですか?」
「ど、どうぞ……お願いします」
膝枕してもらって頭を撫でてもらうとかどんなご褒美なんだろうか。
(幸せすぎる……)
月島に優しく撫でてもらっていると俺は眠くなってきた。
「千紘の髪は、さらさらですね」
「そうかな……月島の方がさらさらだと思うけど」
そう言って俺は彼女の髪に手を伸ばした。さらさらの綺麗な髪に触れると彼女は固まってしまった。
「ち、ちひろ……」
よく見ると顔を赤くしてあわあわしていたので俺は慌ててバッと髪から手を離した。
「ご、ごめん! 急に触って嫌だったよな?」
「い、いえ、少し驚いただけですから。あの、夕食まで家に戻ります!」
「そ、そうか……」
俺が起き上がると彼女はソファから立ち上がり玄関へ走っていった。
ガチャンと扉が閉まり、俺はやってしまったと思い机に突っ伏した。
(絶対に怒っているよな。後で、また謝らないとな……)
***
「驚きました……」
家に帰ってきた有沙は、ベッドへ寝転びさっきあった出来事を思い出し、つい顔がニヤけてしまった。
さっき千紘に触られたところの髪を触り、またニヤけてしまう。
夕食の時、どんな顔をしたらいいのだろうか。今の表情を千紘には見せることはできない。
私は千紘にもらってばっかりだ。料理を毎日作ってもらったり、ヘアピンをプレゼントしてもらったりと。
(私も何かできることはないのでしょうか……)
膝枕や撫でるだけじゃお返しにはならない気がする。何をしたら喜んでくれるのだろうか。
ベットに寝転がって考えていると6時になっていたので起き上がり髪の毛を整えてから家を出た。
インターフォンを押すと千紘が出てきて家の中へ入れてもらった。
「ち、千紘……今日の夕食は何ですか?」
イスに座りキッチンで準備をする千紘に尋ねた。
「今日は唐揚げ。月島……さっきはごめん」
「えっ……? なぜ千紘は謝るのですか?」
「だって、髪触られて嫌だっただろ?」
「……嫌なわけないです。先程も言いましたが、驚いただけですから。ところで千紘……私にしてもらいたいことはありますか?」
千紘が夕食を運んできてくれたタイミングで私は彼に尋ねた。
「してもらいたいこと?」
「はい。何でもいいですよ。いつも夕食を作ってもらっているので何かお礼がしたいです」
「な、何でも……。それなら────」
***
「わ、私は何をしているのでしょうか……」
夕食を食べ終えた後、月島は俺が作ったプリンを食べ、呟いた。
「美味しいか?」
目の前のイスに座り、感想を聞くと彼女はコクコクと頷いた。
「プリンを食べることが私にしてほしいことなんですか?」
「まぁ、うん……月島に食べてほしかったから」
してほしいことと言って思い付いたのがプリンの試食してもらうことだった。
初めて作り、味に不安だったが、美味しいと言ってもらえたのでこれは成功と言ってもいいだろう。
「ほ、他にないのですか? 例えば膝枕してほしいとか、頭を撫でてほしいとか」
プリンを完食し終えた彼女は、もっと他にないのかと尋ねてきた。
膝枕はさっきしてもらったし、頭を撫でてほしい……あれ、これって────
「それって月島がしてほしいことじゃないか?」
「そ、そんなこと今は思ってません。な、何かお手伝いできることはないですか? 下手ですけど料理でも掃除でもします」
料理という言葉を聞いて俺はあることを思い出した。
あまり彼女にはさせたくないことだが、店長が困ってたしな……。
「じゃあ────」
***
「いらっしゃいませ。喫茶『MINAZUKI』へようこそ」
まるでメイド喫茶かのような挨拶になっているが、接客はしっかりできていた。
俺は週に何日か喫茶『MINAZUKI』でバイトをしている。
その店の店長がこの前、ハロウィン当日は新作のケーキが出てお客さんが多いから人手が足りるだろうかと悩んでいた。なので月島に1日だけバイトをやってみないかと頼んだ。
一通り、事前に店長から接客などは教わり、今のところ全て完璧にこなしている。その姿に店長は感動していた。
「月島さん、このまま働いてほしいわ」
店長がそんなことを呟いていたがおそらく月島はバイトをやりたいとは言わないだろう。
なんせこのバイトを1日だけやらないかと言ったときに一瞬、めんどくさそうな表情をしたからだ。
「千紘、お客様に運べました」
注文されたものを運び終え、キッチンの方へ戻ると月島がニコニコしながら俺の元へ来た。
「偉いな。頑張ってるようだし帰ってたら月島が好きなもの作るよ」
「それは楽しみです! 頑張らなくてはなりませんね!」
やる気があることはいいことだが、張り切りすぎて何か問題を起こしたりしないかと心配だ。
「月島さん、これ8番テーブルにお願いできる?」
「はい!」
いい返事をして言われた通りの場所へ持っていこうとするが、トレーに乗っているものが重く、月島はそっーとゆっくり運んでいて、俺はそれを見ていてそわそわしていた。
(大丈夫だろうか……)
心配なので見守っていると通りかかったところの近くに座った人が急にイスから立ち上がり月島に当たりそうになった。
「だ、大丈夫か?」
何とか俺がトレーを支えることに間に合ったが、お客さんに当たり、トレーに乗っているものが下に落ちるところだった。
「千紘、ありがとうございます」
「重いし俺が運ぶよ」
「い、いえ、これは私に任された仕事なので運びます」
「そうか。気を付けてな」
「はい、気を付けて運びますね」
彼女が無事運べたことを確認し、キッチンへ戻るとレジの方を任された。
***
暫く、仕事をしていると月島が何やらお客さんと話していた。
「ねぇ、この後、暇?」
いかにもチャラそうな大学生が彼女にそう尋ねていた。
「あの注文は……」
「注文より俺は君と話がしたいな。ねぇ、終わった後どう?」
「どうと言われましても……」
月島は大学生がヤバい奴だと悟ったのか一歩後ろに下がる。
「だからさこの後、俺達と────」
「お客様、ここはナンパする場所じゃないんですけど」
「ちっ!」
月島の前に立ち、その大学生にそう言うと何だよお前みたいな顔をされた。
(何か、最近よく舌打ちされるな……)
「千紘、また助けてもらいました。ありがとうございます」
「困ったらすぐに助けを呼べよ。俺がすぐに行くからさ」
「…………」
「月島?」
月島の顔を見ると顔が真っ赤で、もしかしたら熱があるのかもしれないと思った。
心配になり、手を彼女のおでこに当てると彼女は驚いた。
「あ、あの……」
「熱はないな。しんどいなら店長に言って──」
「わ、私、大丈夫です。千紘は心配性です」
「ご、ごめん……」
また怒られてしまった。一度彼女を信じて心配することをやめてみるか。
決意し、レジへ戻ろうとすると後ろから誰かに服を引っ張られた。
振り返るとそこには何か言いたげな表情をしている月島がいた。
「どうした?」
「えっと、その……し、心配してくださりありがとうございます」
「……お、おう」
言いたいことが言えたのか彼女は俺の服から手を離し、キッチンへと行ってしまった。
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