自転車で、ビターン!

崔 梨遙(再)

1話完結:1300字

 僕が小学校の5~6年生だった頃、よく自転車鬼ごっこをした。ルールは簡単、ただ自転車で鬼ごっこをするだけ。どうやってタッチするか? ゴムボールを使う。ゴムボールを投げてぶつければタッチしたことになる。


 車がほとんど通らない、結構広い道でやっていた。ファ〇コンが流行り始めていたが、僕達は外で遊ぶことも多かった。というより、夕方まで外で遊び、帰宅してからファ〇コンをするという生活リズムだったらしい。僕はファ〇コンを持っていなかったので、詳しいことは知らない。


 その時、たまたま僕が鬼だった。1人のクラスメイトを追い詰め、


「ほら! ほら!」


と、ボールを投げるフリをしながら追い込むことを楽しんでいた。


 だが、車が通ることが少ないだけで、車が通らないわけではない。横を向いていた僕が前を見たら、目の前には乗用車があった。


 真っ直ぐ、車のフロントに突っ込んだ。自転車の前輪、ゴムの部分がぶつかったので車を傷つけずにすんだ。それはラッキーだった。ところが、乗っていた僕の方が問題だった。僕は前へ宙を舞い、ボンネットで1回転して、


ビターン!


フロントガラスに横向きで貼り付いた。恐怖と驚きで口を大きく開けて唖然としている運転手とその横の女性が、妙に僕の目に焼き付いた。


 車は完全停止した。僕は驚きのあまり身動きできず、現状を理解することに専念した。“何が起こったんや? 車や、僕は車にぶつかったんや! で、なんでフロントガラスに貼り付いたの? 1回転したよな? 柔道やってたから受身は出来たのかなぁ? ああ、柔道を習っていて良かった。って言ってる場合じゃないやんか!”。


 ぶつかった運転手と助手席の女性が目に映っている。口を開けたまま動かない。結構若い、20代だということはわかった。“なんでこの人達は動かへんのやろ? そうか、この人達も驚いてるんや”。


 長いのか? 短いのか? よくわからない時間が経過して、急に運転手のお兄ちゃんが車から降りて僕に声をかけた。


「坊主、大丈夫か?」

「あ、ちょっと待ってください」


僕もハッとしてフロントガラスから離れて地面に降り立った。手足を動かしてみる。大丈夫、どこも悪くない。


「大丈夫みたいです」

「ほんまか? ほんまに大丈夫か?」

「はい、すみません」


 お兄さんはメモ帳に何か書いて、僕に渡してきた。見ると、電話番号だった。


「後でどこか痛くなったら、電話してくれ。君の家の電話番号も教えてくれ」


僕は、電話番号を伝えた。それですんだと思った。



 しばらくして、お兄さんから電話がかかって来た。


「はい」

「あ、君、その後、身体は大丈夫?」

「はい、異常は無いです」

「そうか、良かった」

「お兄さんの車は大丈夫でしたか?」

「大丈夫、やねんけど、彼女があれから“車に乗るのが怖い”って言うねん。フロントガラスに貼り付いた君の姿が目に焼き付いて、トラウマになったみたいや」

「そうですか、すみません」

「じゃあね」

「はい」


 電話を切ってから、僕は母に聞いた。


「お母さん、トラウマって何?」



 崔梨遙は、その時、“トラウマ”という言葉をおぼえたのだった。







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自転車で、ビターン! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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