第10話 街道裏のカナタ⑥
「北側の町が見えてきたよ。」
日が傾く頃、延々と続くと思われた城壁の先に灯の光が見え始めた。
それを見つけたカナタはジョルジュに話しかける。
「………。」
しかしジョルジュは答えない。
おや?っと思ったカナタは機装馬の速度を落とし首を後ろへ向ける。
自分の背に隠れてよく見えないが、ジョルジュは眠ってしまっていたようだった。
怪物に襲われ、廃墟の中でチェイスをするなんて普通では体験しないことを経験したのだ。
その間の緊張が解ければ疲れて眠ってしまっても仕方はない。
幸い安全帯で身体を固定している上に、ジョルジュの両手の親指はカナタのベルトの間に挟まっている。
急な動きをしなければ落ちることはないだろう。
カナタは少し微笑むと、再び前を向き目的地を目指した。
日が地平線へ没しようとする頃。
カナタたちは目的となるジョルジュの祖母宅へと到着した。
そこは街道の十字路に面したそこそこ大きい家屋であった。
普段は商店として経営しているのだろう広い正面入口は閉ざされているが、家の奥から微かな灯りがうかがえる。
しかし、カナタたちはその入口へ入れないでいた。
それは入口を塞ぐように衛兵たちが立っていたからだ。
「お待ちしていましたよ配送業者さん。」
衛兵の合間から1人の男が姿を現した。
昼間に食堂でジョルジュに襲いかかった初老の男だ。
「随分早いのね、機装馬より先回りできるなんて。」
「まあ、馬車を使って壁の内側を来ましたから。」
皮肉混じりにカナタは答えるが、男は涼しい顔だった。
「で、ご用は何かしら?」
らちが明かないとカナタは切り出す。
すでに先ほど戦った相手だ、交渉するにしても余計な策を廻らすより率直に聞いたほうが早い。
「もちろんその『小包』ですよ。」
男もまた同じ考えだったのだろう。
カナタの問いに素直に答えた。
「やっぱりね……。」
納得したと言う表情のカナタは機装馬から降りる。
ジョルジュはまだ眠っていたので、落ちないように位置を直したのち、衛兵たちに対峙した。
そして預かり物である包みを片手で持つ。
「これ、『誘引香』でしょ?」
カナタは男に聞く。
男はわずかに首を縦に振る。
誘引香、それは動物を呼び寄せる匂いを発する香の類をさす。
しかし、ここで言うのは特定の怪物を呼び寄せる
「こんな違法品、薬な訳ないよね。」
「全くですな。」
カナタの言葉に男も同意する。
「なら、どおして?」
カナタの言葉にわずかないらだちが含まれる。
「どうして、あの時にそう言わなかったの!」
カナタは思わず叫んだ。
いきなり襲うのではなく、話し合いができていたらこれまでの出来事は起きなかっただろう。
仕事云々より、そのことがカナタは許せなかったのだ。
しかし、その怒りを受けても男は眉一つ動かさない。
腕を後ろに組みながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「我々もまだ確証を得てなかったと言うところです。」
そう言いながら、男は腕を前に出す。
そこにはカナタが持つ物とよく似た包みが有る。
「ここに彼が望んだ薬が有ります。 今回はこれで手打ちと行きませんか。」
それは提案ではなかった。
口調こそ柔らかいが命令である。
「っ!」
それまでと異なる圧を込めた言葉に、カナタは思わず一歩後ろに引く。
「さっきは猫被っていた?」
そう答えるのが、カナタの精一杯な反抗だった。
目の前にいる男は、先日ケルンステンで戦ったどの相手よりも強い。
間違いなく、あの騎士団長よりも。
カナタは先の戦いに生き残れたのは機装有ってのことだ。
今はただ自分の力のみが頼りである。
カナタ自身、身体能力と体内魔力の保有量については自信がある。
だが戦闘技術については、専門職には大きく劣る。
『俺たちもプロフェッショナルだ。
ふと仲間の励ましの言葉を思い出す。
この言葉を言われたのも教区街だった。
「……『品物を届けられなくて、何が配送業者だ。』か……。」
かつて自分が叫んだ言葉を反芻する。
ここで荷物を奪われるては依頼を達成できない。
だが、ここで強行したところで、渡した品でジョルジュの家族は幸せにならない。
「……わかった。」
長い逡巡の末、カナタはボソリとつぶやいた。
「ならば。」
男はその小さな言葉を聞き漏らさずにいたようで、自らの手に持った包みを差しだす。
カナタはその包みを受け取ると、自分の持つ包みを差しだした。
「これだけは約束して。」
包みを受け取った男に、カナタは小さく言う。
「こんな物を用意した奴を許さないって。」
「治安を預かる身として当然。」
男は鷹揚に頷くと、後ろにいた衛兵たちに合図を送り解散を命じた。
音もなく衛兵たちはその場を後にする。
今にして思えば、町の往来であるのに衛兵とカナタたち以外に人の姿はなかった。
恐らく何らかの方法で一帯を封鎖していたのだろう。
もし戦っていてたら、衛兵に一方的に蹂躙されて終わっていたところだ。
何とも言えない後味の悪さを感じつつも、カナタはジョルジュの安全帯を取り外す。
「ジョルジュ起きて、着いたよ。」
優しく揺すりながら少年に語りかける。
しばらくして、あくびと共に目を覚ましたジョルジュを機装馬から降ろし、包みを持たせる。
包みの秘密に気がつかないか不安だったが、彼はそのまま気にすることなく包みを持っていった。
「お母さん! おばあちゃんの薬持ってきたよ!」
ジョルジュの元気な声が日の落ちた町に響いた。
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