第9話 街道裏のカナタ⑤

「何かこっちに来るよ!」

 ジョルジュの声にカナタは操縦桿に取り付けられた鏡から後方を確認する。

 人や馬、まして機装の影は見えない。

 だが上空に急降下してくる物体が3つ見えた。

「やっっばっ!!」

 その存在に気がついたカナタは慌てて周囲を確認する。

 少し先に比較的状態のいい廃墟が立ち並んでいるのが見えた。

「ジョルジュ! 出発する前に話したようにしっかりとつかまって!」

 カナタの言葉に驚いたジョルジュだが、急いでカナタの背中に身体を寄せると、腰に手を回しカナタの腰のベルトをつかんだ。

「カナタ! 何が来たの?」

 カナタがこの指示を出したのだから何かが追ってきたのはジョルジュにも分かったが、それが何者なのかは分からなかった。

怪物ケモノよ!」

 カナタは乱暴に返すと、機装馬の速度を最高速まであげる。

 怪物は帝国崩壊後に姿を現した謎の生命体である。

 魔物や幻獣に似た姿をしているが、似ているのは外観のみであり、その生態はむしろ雑食性の昆虫に近い。

 先日もカナタはケルンステンで大型怪物の集団と戦っており、その経験から出会いたくない障害の筆頭だった。

(でもこんな街の近くに怪物が出るなんて……。)

 カナタの心に疑問が浮かぶ。

 1体ごとの知能は高くないとされる怪物だが、危険を承知で人の町に近寄ることはない。

 それでも町に近寄る場合について、カナタは嫌な予感がした。

 先日、ケルンステンで発生した怪物『怪竜種フェイク・ドラゴン』の大発生は、新たな巣を求めた女王の移動だったとされる。

 その時も始めは少数の怪竜種がケルンステンの周囲に現れていた。

 今回も同じ事態が起きようとしているのでは?

 カナタの中で不安が広がる。

 城塞内は恐らく問題ないが、壁の外で暮らす人々はどうなる?

 取り留めもなく嫌な想像が心を満たそうとするなか、カナタは目の前の事態に集中しなければと自分を言い聞かす。

 まだ怪物の移動が始まったと断定できる材料はない。

 ならば今は依頼をこなすまでだ。

 気を取り直したカナタは、機装馬を廃墟群へと走らせた。


 廃墟の町が打ち捨てられたのは比較最近であろう。

 高くても二階建ての建築物たちは、まだ人が住んでいた頃の面影を残していた。

 そこを走る街道もまだ荒れ放題と言うには整然としている。

 町中を走れば障害も多いのでうまく撒けるだろう。

 そう思いながらカナタはを後ろを確認する。

 先ほどは点程度だった怪物たちの姿が今はハッキリと認識できる。

「ゲッ!」

 その姿に思わずカナタの口からうめきが漏れる。

 よりにもよって会いたくない怪物だ。

 偽蝗フェイク・ホッパーの名で知られる怪物。

 人間の胴体ほども大きさがあり、文字通りバッタに似た姿をしている。

 その飛行性能は高く、低空でのアクロバットめいた機動などもこなす程である。

 無論直進した場合の速度も速く、カナタは自分の判断が甘かったと痛感した。

 同乗者が子供とは言え二人乗りでは速度が鈍ってしまい、このままではすぐにも追いつかれる。

 ならどうするか。

 カナタは手持ちの装備の状況を確認する。

 ワイヤーなどのツールは機装馬の後脚側面に取り付けられたバックの中。

 短剣以外の武器になる刃物はない。

 銃器はいずれも対人非殺傷を目的とした弾丸。

 即座に対応できる有効な対策はない、そう思った瞬間、カナタは思い出した。

 一瞬、考えたカナタは、機装の前脚をチラリと見る。

「やれるかも……。」

 そうつぶやいたカナタは道の先を確認する。

 しばらく先、右側に脇道が見えた。

 人が数人通れる程度の細い道だが、カナタの作戦としては好都合だ。

 カナタはすぐに細道の左側へ体重を傾ける。

 道の中央を走っていた機装馬は慣性に引かれ、左へ寄っていく。

 そこで右へ操縦桿を振りながら、体重を右へと一気に傾け、後輪のブレーキをかける。

 後輪が滑り機体が急激に方向転換する。

 機体が90度近く横へ向いたところでブレーキを解除。

 ブレーキで無理やり止めていた後輪が高速で回転を始める。

 道を砕かんばかりの勢いで回転する車輪は、機体を再び最高速まで加速させる。

 追ってきた偽蝗は、カナタが行った突然の方向転換についていけず一度道を通り越してしまう。

「やったー!」

「まだよっ!」

 怪物を撒けたものとジョルジュが喜ぶが、カナタは注意する。

 カナタの言うとおり偽蝗たちは、素早く旋回し追跡を再開する。

 道に飛び込んてきた偽蝗を見たジョルジュは慌ててカナタにつかまる。

 しかし、カナタにはそんなジョルジュに声をかける余裕はなかった。

 脇道は破損した壁などが散乱しており細かい操作で避ける必要があった。

 スピードを落とせるならそれに越したことはないが、無論無理な相談だ。

 とにかく状況を先読みし、瓦礫を避けながら機装馬を走らせる。

 一方の偽蝗も、狭い道を跳ぶ際に仲間が邪魔であった。

 さらに避けて前に出ようとする度に翅が壁にぶつかり失速する。

 それによる偽蝗たちの焦りか怒りか、互いに接触することが多くなる。

 まるで押し合いへし合いしながら混雑する道を進むかのように。

 これで距離を取れたと感じたカナタは、少し先に見える横道に目をつける。

 先ほどの様な無理な方向転換ではないが、急カーブを切って横道に入る。

 しかし、そこは行き止まり。

 偽蝗をさらに撒こうと思ったのであれば、完全な失敗であった。

 そう考えていたならだ。

 カナタは素早く機体を横に傾けると、フルブレーキをかける。

 凄まじい砂埃を立てつつ横滑りする機体。

 さらにカナタは左足を地面につけブレーキを補助する。

 その全力のブレーキにより行き止まりの壁まで1メートル程度のところで機体は止まった。

 来た道を見れば偽蝗が入り込み、縦列を成している。

 カナタはその姿を確認すると、慌てずに機装馬の右前脚へ手を伸ばす。

 そして、脚部に取り付けられているケースから狩猟用長銃を引き抜いた。

 黒光りする筒先を偽蝗に向ける。

 長銃を使用しているとは言え、使用している弾丸の射程は短い。

 相手を引きつけて撃つ必要がある。

 特に今回の弾は広範囲に広がる。

 それ故に広がりすぎては効果が薄いため、余計に引きつける必要がある。

 距離が詰まる。

 後4メートル。

 3メートル。

 2メートル、今!

 カナタが引き金を引くと同時に弾丸後部の火薬が撃発される。

 ダン!

 大きな発砲音と同時に放たれた弾丸が先頭の偽蝗の顔面(?)に命中し弾ける!

 しかし勢いが止まらない偽蝗はそのまま突っ込んでくる。

 それをわずかに身体をそらして避けたカナタは素早く2体目、3体目と続けて狙いを定め引き金を引く。

 立て続けに銃口から吐き出された弾丸もまたそれぞれの胴体へと命中した。

 それにより、わずかに軌道のそれた偽蝗たちはカナタたちを通り越していく。

 3体の偽蝗たちの行き先にあるのは壁。

 高い機動性を誇る偽蝗とは言え、この短距離で静止することはできず次々と壁へと激突しいく。

 ベチャ

 硬い物に粘性の低い物がぶつかる不快な音がする。

 仮にも硬い甲羅や鱗、外皮を持つ怪物が壁にぶつかる音ではない。

 その音にジョルジュは下に向けていた顔を恐る恐る壁の方に向ける。

 そこに広がるのは、白い粘液に絡め取られた偽蝗が壁に張り付いていた姿だった。

「何これ?」

「対暴動鎮圧用の特殊硬化弾よ。」

 思わずカナタに質問するジョルジュに対し、カナタは偽蝗たちに警戒の目を向けながら答える。

 特殊硬化弾。

 帝国期より昔の時代に開発された錬金術による特殊な薬剤を散布するための弾丸である。

「これは普段はネバネバした物質なんだけど、空気と少しの熱に反応すると急速に固まるんだ、ホラ。」

 カナタの言葉に促され、再び偽蝗に目を向けたジョルジュは先ほどまでヌラヌラとテカっていた粘液が固まり、灰色の石のようになっているのを見た。

 当然その物質に絡め取られた偽蝗たちは、脚や翅を動かすことができずにもがいている。

 特に先頭だった1体は壁に頭がくっついてしまっているようだった。

「脱出するには解除用の薬を使うしかないから、これで大丈夫でしょ。」

 カナタはそう言いながらひと息つく。

「無理やり力ずくでってことは?」

 ジョルジュが念のために確認する。

「まあ、それなりの力と頑丈さがあればだけど、あいつらはそこまで力は無いから。」

 ジョルジュの質問に答えながら、カナタは長銃をケースへとしまうと、機装馬の向きを直す。

「さて、とっとと行きますか。」

 そう言うと、アクセルを回し機装馬を走らせた。

 元来た道を素早く駆け抜け、街道へと戻るとさらに加速し一気に廃墟を抜ける。

「ねぇ。」

 廃墟を抜けたところで速度を緩めたカナタにジョルジュが話しかけた。

「なんでそんなに急いだの? やっぱり時間が気になるの?」

 その問いに少しの間、考えたカナタは答えた。

偽蝗たちあいつらはね、自分に危険が迫るとフェロモン臭いで仲間を呼ぶんだ。」


 ―カナタが出発した直後、リシャーレの店―

 出発したカナタたちを見送ったリシャーレは食堂に戻った。

 そこにはまだ倒れたままの男たち。

「あんた、いつまで倒れたフリしてんのさ。」

 ほうきを片手に初老の男に話しかける。

「……、やはり気がついていましたか。」

 ムクリと起き上がった男はリシャーレに返答した。

 それをヤレヤレと言った表情で見たリシャーレは、手近な椅子に座る。

「んで、本当の目的はなに?」

 腕組みをしながらリシャーレが問う。

「本当もなにも、我々の目的はですよ。」

 男もまた近くの椅子に座りながら答える。

「聞き方が悪かったかね、監察局のダンナ。」

 その言葉に男はピクリと反応する。

「ハハハハ、さすがは元探索者組合シーカーズギルドの長。」

 男は笑い声をあげるが表情は変わらない。

「まあ、昔のよしみと正体を黙っていてくれた恩がありますから、教えましょう。」

「どうせ、話しても問題ないからだろ?」

 口の端を歪める男に、リシャーレは憮然と答えた。

「ともかく話、聞こうじゃないか。」

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