第6話 街道裏のカナタ②

 教区街きょうくがいは非常に大きい街である。

 一般的にはアルバート教会が設置した巨大な城壁の内側を指して教区街と呼ぶが、実際には城壁内はすでに収容可能人数に達しておる。

 そして城壁の周囲にも建築物が建てられるようになってきていた。

 それらの建物は城壁内部とは異なり窓や扉には強固な素材が用いられているようだった。


 街道みちが教区街の外縁へ差し掛かるあたりまで来たところでカナタは機装馬の速度を落とした。

 人の往来が増える中で高速移動するのは危険と判断したからだ。

 実際に昼を少し過ぎた街道沿いは人出が多い。

 買い物に行く者、仕事場へ向かう者、元気に駆け回る子供たち、そして背中に荷物を背負い道を急ぐ物流運送業者同業者

 それらの人々が往来をそれぞれの目的に従い歩いていた。

「さて少し時間あるし、どうするかな……。」

 街道を走るカナタは一瞬だけハンドルに設置した懐中時計を見てつぶやいた。

 このまま城壁内へ行ってもいいのだが、恐らく入るための手続きに時間がかかる。

 実際、予定より1日早く教区街へ着いているので先を急ぐ必要もないのだ。

 ならば、とカナタは機装馬の速度をさらに落とし周囲を見回す。

 探しているのは機装用の駐機場を備えた食堂。

 ケルンステンを出発してから食事は簡易携行食のみで済ませていたので、たまには温かいものでも食べようと思ったのだ。

 しばらく機装馬を走らせると、少しくたびれてはいるが駐機場を備えた食堂を見つけ、カナタはそこへ入ることにした。


 ギィーと重い音を立てて扉を開くと、そこには街道沿いの酒場を兼ねた食堂と言った雰囲気ではなく、町中の周辺住民向けの食堂と言ったおもむき店だった。

 外見から想像していた内装と異なる店構えに、カナタは違和感を感じていた。

「こんにちはー……。」

 店のカウンターへ声をかけるが、少し緊張している。

「あら、お昼すぎにお客さんなんて珍しい。」

 カナタの声に反応し、奥から女性の声が返ってきた。

 続けて姿を現したのは、酒場のおかみと言うよりは街の料理人と言った白衣の女性。

 見た目はカナタよりふた周りは上だろうか。

 ただ、その白衣の中の体格はしっかりしているようであり、やはり酒場のおかみなのだと感じさせた。

「ともかくお客さんなら、そこに座りなさいな。」

 カウンターの1席を指しながらおかみはにこやかに話しかけた。

「ありがとう。」

 軽くあいさつを返し、カナタは素早くその席に座った。

 それを見たおかみは手早く、テーブルに水を満たしたカップを置く。

 カナタはそれを笑顔で受け取り、一気に半分ほどを飲み干す。

 自分でも気が付かなかったが、喉が渇いていたようだった。

 確かに移動中の水分摂取は最低限にしていたのもあるが、初めての機装馬での移動に緊張していたらしく喉がカラカラだった。

「どう、何か食べてく?」

 そんなカナタを見ながらおかみが声をかける。

「うん、ありあわせでいいので温かいのを。」

 自然と言葉が出てきた。

 おかみの愛想の良さからだろうか。

 それとも純粋な空腹からか。

 ともかく久しぶりの人との会話だが、カナタはすんなりと言葉を紡げた。

 以前、相棒もいなかった頃のカナタは、気後れしてうまく喋ることができなかったので成長したと言えるだろう。

 そんなカナタの元気な答えにおかみは顔中で笑みを浮かべると「あいよ!」と親指を立てた。

 そこからテキパキと食材を用意し、調理を始めるおかみ。

 ザクザク

 野菜を切る音が心地良い。

「そう言えば、表の機装馬うまはあなたの?」

 世間話をするようにおかみが何気なく聞いてきた。

「そうなるかな。」

 機装馬は借り物なので答えるカナタは歯切れが悪い。

 しかしそれに気が付かないかのようにおかみが返す。

「スゴいじゃない。 あなたみたいなが操れるなんて。」

 素直な驚木の声がカナタにはこそばゆい。

 しかし褒められて嫌な気はしなかった。

 おかみはそのまま、カナタの返事を待たずに作業を続ける。

 どうも釜の火を起こしているようだ。

「パンを焼くから少し待ってね。」

 手際よく積まれた薪に火種を入れながらおかみが話す。

「あ、出来合いの物で良かったのに。」

 思わぬ対応に恐縮した声を上げるカナタ。

 その言葉におかみは思わずカナタの方を見た。

「ハッハッハッ!」

 驚きとも感心ともつかない表情だったが、一転大声で笑った。

「いや~、そんなに行儀いい運送業者さんなんて、久しぶりだね!」

 おかみは笑いながら言う。

 想定外の答えにカナタはうろたえた。

 ただ小腹が空く前に休憩を取ろうと思っただけだ。

 だから出来合いで十分だったのだが……。

「あんた、名前は? アタシはリシャーレ、この店の主さ。」

 おかみのリシャーレが笑いながらカナタに問う。

「カナタです。 おかみさんの言うとおり物流運送業者ロジスティクス。」

 カナタもぎこちない笑みを浮かべながら答える。

 仕事の上ならもっといい笑顔を向けられるのだが、どうも彼女リシャーレの前ではタイミングがうまくいかない。

 全く雰囲気は異なるがタリアと話しているときのような緊張感があったのだ。

「ん、よろしくカナタ。」

 リシャーレはそれだけ言うと、また釜の様子を見る。

「カナタ、今回の行き先は教区街だったの?」

「ええ、アドホリック商会まで届け物に。」

 薪を足しながらリシャーレが投げた質問にカナタが答える。

 先ほどのような緊張感はもう無かった。

 むしろその人懐っこい人柄にカナタは好感を抱いていた。

「ならさ、うちでシャワー浴びていきなよ。」

 唐突にリシャーレが提案してくる。

「っ!?」

「いや、せっかく釜の火を起こしたからね。 沸かした湯がもったいないなって思って。」

 唐突な提案に言葉の返せないカナタにリシャーレは言葉を続ける。

「……、で本当の魂胆はなに?」

 しばらく考えたカナタが聞く。

「これだけサービスするから今日の宿はうちにしてほしいなってね。」

 悪びれもなく笑いながら答える。

「もちろん組合の安宿よりは良い寝室だし、なにより朝夕2食と風呂付きだよ。」

 そのまま得意そうに売り口上をまくし立てるリシャーレ。

「クッ、ハ、ハハハ!」

 その流れに思わずカナタは吹き出してしまった。

 そのまま、しばらく笑いが止まらない。

 思いっきり笑ったのはいつ以来だろう。

 心の隅でそんなことを考えながらカナタは笑い続けた。

 やがて笑いの衝動が収まってきたところで回答する。

「……商売上手だね。 でもシャワーの後に言わないのはなぜだったの?」

「そりゃ、商売人だって人の子よ。 押し付けたサービスを理由に宿泊を迫ったりしないわ。」

 カナタの疑問に笑いながら答えるリシャーレ。

「いいよ、今日の宿はここにする。」

 そう言いながら席を立つ。

「浴室はそこのドアから入って奥だよ。」

 リシャーレがカウンター脇の扉を指しながら言う。

「着替えやタオルは宿泊客用のヤツが有るから適当にね。」

 それだけ言うと、おかみは調理に戻る。

「ありがとう。」

 その背に礼を告げて、カナタは扉の奥へと姿を消した。

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