フロー不死

小狸

短編

「死なないって、どんな気持ち?」


 私はたずねた。


 夕焼けの綺麗な日である。


 きっと明日は、雨が降るだろう。


 話し相手は、幼馴染の人造人間である。


 彼は全国民からの無作為に抽出される実験体に選ばれた。


 非人道的な秘密裡の実験が繰り返された末、見事身体が適合した。


 そして流れるような作業で、不老不死の人造人間になった。


 全て、国が決めたことだ。


 彼は明日、国に保護という名目で隔離されることになる。

 

 これがきっと、彼との最後の会話になるだろう。

 

 何となく、私はそう思った。


「そうだな。意外と、寂しくない」


「本当? 強がりじゃなくて?」


「本当。死なないってことは、常人より多くの人と出会いがあるってことだろ。それって、楽しみじゃん。色々な人と会えて、それだけの人の人生と向き合える。それが、少しだけ楽しみでもある」


「……出会いがあれば、別れもあるってことだよ」


「あはは、今流行のお涙頂戴ちょうだいの展開ってわけかい。あるよね、そういうの」


 彼は笑った。


 どうして、笑うことができるのか。


 私には分からなかった。


「そうだね、別れもある。それは寂しくて、悲しくて、辛いんだろうね」


 噛み締めるように、踏みしめるように、彼は言う。


「僕はこれから人よりも数倍多く、感情を体感することができるんだ。それがさ、なぜか、何だか、楽しみなんだよね」


 そんな風に、どこか菩薩のような、悟ってしまったような笑みを浮かべる彼に、戸惑いを隠せなかった。


 寂しく、ないのだろうか。


 私はこんなにも、寂しいのに。


 彼は、人造人間になったことによって。


 人らしい心すら――感情すら、失ってしまったのだろうか。

 

 不安になった。


「…………」


 いや――それは押し付けだ。


 私の想像に過ぎない。


 今や国において重要人物となった彼にとって、私みたいな一般人は最早何でもない存在だ。私は、そういう登場人物みたいな何かではない。ただの庶民である。何の記号も持っていない、私をまだ記憶してくれていることの方が、奇跡なくらいだ。


 最後の日、私に会いに来てくれたことだって。


 きっと。


「でも、良かったよ」

「……何が?」


 良いことなんて、何もないじゃないか。


 これから人造人間として、君は良いように国に利用されることになるんだ。


 死なず老いない。


 そんな人間を創ってしまったこと自体が、もう罪みたいなものじゃないか。


 同じ土俵に立つことができないのに。


 もう私と君は。


 二度と対等に会えないのに。

 

 そんな子どもみたいな台詞を口にしようとして、喉の奥に留めた。

 

 こらえた。


「最後に君の顔を見ることができて」


「っ…………」


 その時の彼の表情は。


 悟ったような笑顔でもなく。


 菩薩のような表情でもなく。


 制御された感情のなれの果てでもなく。


 少なくとも私には――私だけには。


 ただの一人の、人間のように見えたのだ。


「あ――」


「じゃ。今日はありがとう」


 駄目だ。


 泣いては、いけない。


 それは、彼の言葉を、掻き消してしまうことになる。


 配慮をさせてしまうことになる。


 向き合え。


「……ありがと」


 心を殺して、私は言った。


 さよならは言わなかった。


 それから先。


 彼がどうなったかは分からない。


 存在自体が国家機密となったのだ、彼の家も引っ越しという名目でいなくなった。


 どこかの戦地に赴いて戦況を傾けているか、人間が入れない場所で人命救助をしているか、あるいは更なる人造人間を生むための実験体として利用されているか――私は知らない。


 一つだけ。


 きっと生きてはいるということ。


 それだけは、保証できる。


 なんたって、不老不死なんだから。


 こうして、こうやって、こんな感じで。


 流れるように。


 私の初恋は、鼓動を止めた。


 


(「フロー不死」――了)

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フロー不死 小狸 @segen_gen

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