Alert Signal  2

 女子高生、バイト、と言ったらまず浮かぶのはバックレだ。何の連絡もせずにぶっち。

 でも箒ちゃんはそんなことしないと信じている。信じているし、信じたいと思っている。

 わたしはもどかしい気持ちを抱えたまま、とにかく箒ちゃんに連絡した。電話。出ない。ライン。既読付かない。ブロック。されてない。絶対。

 連絡はバックヤード辿りながらした。

 まだ分からない。

 店舗に到着し、芳永さんはレジ対応していて、それでも店内には別のお客さんがいて、普段なら嬉しいはずなのにそうでなくわたしは心ここにあらず。

 接客は完璧に熟す。

 自動化されたマニュアルの最善の選択を無意識に取っている。これ買おうとしているお客様にはこれも提案してみる。ひとつだけではなく、できればふたつ。二者択一に持っていって、出来れば値段の差を付けてあげる。選んでくれたら次、インナーだったらアウター。アウターだったらインナー。上なら下。下なら上。もう無理めだったらせめてワンポイントになり得るベルトやバッグや小物なんかを。上手い人だとお客様に予算聞き出してその倍を売り付けてさらに次回のアポイントまで取っていたりする。「次、私出勤この日とこの日なんですよーお客様に是非見せたい新商品が入荷するんで」「サイズ違いは……そうだな……この日だったら取り寄せ可能なんですけど」とかなんとか言って。

 全部嘘だ。

 出勤日を限りなく狭めることでお客様に無理やりにでも予定を組ませその日を意識させる。新商品も何もあるもの売ってるだけ。新商品って言っとけば高いものでも納得してくれるからだ。サイズ違いのものは実は最初からあったりする。お客様の反応を見て、確実に来てくれそうならば、再来店した時の方が色々他にも買ってもらいやすいからって引き伸ばしているだけ。このお客さんはここで逃したら無理だなって思ったらもう一度探して来ますって言って探す振りしてふつーに出す。

 雪菜子は完璧にできる。アポ切り再来店率90%。わたしはたぶん40もいってない。

 こういう時こそ売れてしまうんだ。普段のわたしってなんなんだろう。

 芳永さんが未だお客様対応している中、わたしはレジの中に立ち、ぼーっとしているように見えて違うことを考えている。


 お母さん。


『ありがた迷惑になったりしないかな? うちの娘に変なこと覚えさせて、みたいな』

 思い出すのはこれだ。不安を誘う雪菜子の台詞。けれど違う。わたしは過去の想起を否定する。箒ちゃんはスマホ代くらいは自分で払うからバイト始めたと言っていた。その時点でスマホは持っていた。スマホを持ちたいからバイトする、じゃない。

 番号交換ライン交換までしたじゃないか。ならばそれまではちゃんと親御さんに払って貰っていたってこと。なにより霞の生徒。このへんじゃ有名な私立校。親には愛されている。バイトだって許可されている。極端に制限掛けられているような、いわゆる箱入りではない。

 そこまでアレな……いわゆるモンスターマザーではない、はず。

 ただ、ちょっと、センスが、お母さん含めてアレなだけだ。

 ――昨日も。

『箒ちゃんはどんなのがいい? 好きなのある?』という雪菜子の問い掛けに対し、箒ちゃんが恥ずかし気に『これ……』と、手にとってみせたのはわたしたちが『それか』と揃って言ってしまうようなパーカーだった。まーた子供服。

 たぶん、あの子、デフォルメされたキャラものなんかが好きなんだ。

 うん。やはり違う。お母さんは関係ないだろう。

 違う。違う。ちがくて。

 もっと単純なこと――


「やっちゃった~」

 見れば、芳永さんがこちらに歩み寄ってきくるところだった。

 芳永さんは腰に手をまわして空を――ひび割れた天井を――仰ぐようにしている。

「逃しちゃいましたね」

「話し好きのおばさんって感じ」

 言い訳めいている。

 わたしたちは話が長くなって、さらに売り逃してしまった時なんかはだいたいこれを口にする。間違ってはいない。けれど、長いだけで買おうとしないお客さんに見切りをつけることの大切さ、を、この仕事始めたばかりの頃のわたしに説いてくれたのは、ベテランである芳永さん自身であるはず。

「そういえば」わたしは言った。店内を見回し。

 今日わたしは夜番。わたしはバイト。ひとりで閉め作業はできない。お店にはもうひとりいないとおかしい。

 トイレ。バックヤードで迷子、にでもなっていない限り。トイレにしては長い。バックヤードで迷子になるには彼女の在籍期間は長い。

「雪菜子は?」

 わたしの雪菜子の呼びが変わったのに気付いたかどうか。

 芳永さんは単純な解答を口にした。

「事故だって」

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