ハンバーガーちゃんとレタスさん。 2
箒ちゃんを店に連れてくるのには存外苦労した。
どうやら彼女、箒ちゃん、人一倍物怖じするらしい。慣れてしまえば、その遠慮しなさはこっちが引くくらいなのだが……。
そのへんの距離感がどうにもバグっている子って一定数いるよね。学生時代にもいたよ。最初のおどおどした雰囲気はどこ行った、みたいな奴。
「いいです。いいです。あたしなんかが。かわいい服を着ても」という彼女に対し、
「いや。絶対来た方がいいって。試しに一回だけでもいい。箒ちゃん素材はいいんだからさ。もったいないよ。絶対にそう。わたしが保証するから」
「そこまで言うんなら……でも」
「見たいなあ~箒ちゃんのかわいい姿。わたし見たいなあ~」
とか、休憩室でやってた。
しばらくやった。小一時間やった。
周りからどう見られてんだろこれ、というのに意識がいっていて、箒ちゃんの迷惑とか考えなかった。それが功を奏したのか最後には「わかりました」と頷いてくれた。
「は、はじめましてっ! 本日はよろしくお願いします」
「わあ。かわいい。はい。こちらこそよろしくお願いします。無理言ってごめんね。わざわざ休みの日にありがとう」
わたわたと初々しい反応示す箒ちゃんの傍ら、気をつけろ? そいつのその感じ、最初だけだぞ? と、心の中で強く雪菜子に念じてやる。
慣れてきたら――
「これ、かわいいですね(服を手に取りながら)(買う気はまるで無い為すぐ戻す)(おまけに買って貰った服ずっと着用してる)」
そうして、面倒見の良い雪菜子は言うのだ。
「買ってあげようか?」と。
いいですいいですとも、いえいえそんな、とも言わず箒ちゃんはこう返すんだ。
「いいんですか? ありがとうございます」
雪菜子は、「今日は制服なんだー」と言っていた。箒ちゃんは、「でも大丈夫です。ここから近いので」と返していた。
現在時刻十七時半。
べつにどっか土日のバイト帰りにでも寄ってくれればいいよというわたしに対し、箒ちゃんは、「でも。善は急げなので」と、店舗訪問を了承した途端、張り切ってみせた。
……善?
休憩室でその横顔見ながらわたしは、『さてはこの子、ちょっと楽しみだな?』と、ほくほくした。
誘った翌日、つまりわたしと雪菜子が一緒の今日に約束は相成る。
一緒と言っても、わたしはこれからもうあがるところで、実質店員は雪菜子だけだ。お客さん来たらそっちは雪菜子に対応してもらって、その間わたしが服選びを続けるという形。まあ、お客さん来たら、だけど。
「では早速。こちらへどうぞお客様」
「はい!」
自己紹介挨拶もそこそこに、雪菜子は店内奥へと案内する。そこは子供服コーナー……などでは勿論なく、どちらかというとシックなイメージでまとめた大人の女性の、そういうコーディネートを好む女性向けのコーナーである。
わたしたちのお店、『うぇぶり』は女物の服を中心に扱っている。あとは少々のキッズ向けが置いてあるという程度。
こういうショッピングモールに入っているお店は、大抵店毎の特色を出しているところが多いと思う。子供向けなら子供向けに特化したお店。女性向けなら若年層に向けたお店、またそれ以外。シック、ガーリー、ストリート……。わたしたちのお店はまあ、云ってしまえば、どっち付かずのお店だった。ちょっと狭めな大衆向け?
広く、浅く。主流の格安ブランドよりは深みのあるお店と云えば、多少良く聞こえるだろうか。
箒ちゃんの視線は雪菜子の誘導中も、視線をあっちへやりこっちへやりとキョロキョロしているように見えた。ラックに手を伸ばし、びくついて引っ込める様がおかしくって、ああ、この子は本当に自分の着る服をお母さん任せにしていたんだな、とわたしは思った。
「箒ちゃん――って呼んでもいいかな――って、弟妹いる?」
「はい……ええ。なんで分かったんですか? これから小学校に上がる弟がひとり」
「なんとなく。大分歳離れてるんだね」
「十、十一歳差? ですか」
「じゃあまずは上はこれなんかどうかな? それで、下はこのロングスカート合わせてみて」
ああ。なるほど。お母さんも罪なことをする。
これから小学校に上がる弟の為に、着回しできるような服を、姉に選んで着せているのだろう。姉がおしゃれに興味ない、そして同年代女子に比べ大分小柄、なのをいいことに。
あまり人の親をとやかく云いたくはないけれど、確実に、箒ちゃんと似たような性格の持ち主と見た。
邪推だが、姉が私立のいいとこ、この御時世世の中、これから小学校へ上がるというさらにお金の掛かる時期、スマホ代ぐらいは自分で払うという箒ちゃんの言葉、苦学生というのは間違いじゃないのかもしれない。削れるとこは削っておこうという魂胆。
そして、雪菜子の魂胆は簡単に知れる。だったら大人っぽい格好をしてみようよ、だ。させたいし、してみたいでしょ? ってのも勿論ある。
押されて試着室に箒ちゃんが入っていったところで、雪菜子がわたしの方へと寄ってきた。肩を触れさせ、わたしにそっと囁き掛ける。
「どうしよう」
「何が?」
こそばゆい。
「ありがた迷惑になったりしないかな? うちの娘に変なこと覚えさせて、みたいな」
「んー。でも大丈夫でしょこのくらい。ていうかこれで文句云ってくるくらいなら確実にお母さんが悪い。わたしが文句言ってやる」
「……そうだよね。なんか箒ちゃん学校で浮いてそうで心配ー」
思いの外シャッ、と勢いよくカーテンが開かれ、わたしたちは「あ~! かわいい!」「似合ってるー」「イメージ変わるー」と、口々に箒ちゃんを褒め称える。
シンプルなブラウンの丈の長いコートに、ゆったりしたこれまた濃いブラウンのニット、下は薄灰色のマーメイドスカート。
箒ちゃんのその表情はカーテン開いた瞬間から、明らかに来た時と比べ変わっていた。面白いくらい。得意げ。けれど頬は上気しているのがこうしていても分かる。
こうなってくると帽子も合わせたいな……。
わたしは店内を見渡したところで、お客さんが既に入って来ているのに気がついた。こちらに構わず物を選んでいて、片手には幾つかの服を、腕に引っ掛けるようにして持っている。
アレは自分でガンガン選んでいくタイプだ。けれど、声は掛けなくてはなるまい。せめてカゴを用意するか、預かるかしなければね。
「ちょい」
「いらっしゃいませー」
言葉は交わさず意図を察す。「よければお預かりしましょうか」と言う雪菜子の声がこちらにも聞こえた。サングラスを掛けた年齢不詳のそのお客さんとそのまま話し込む。あのお客さん雪菜子のリピーターだな。これは長くなりそうだ。
「これ、欲しいです……」
雪菜子がいなくなったのを気にする素振りなく、下を見て、唇を尖らせ呟く。
「ふ。ふふ」
「? あの……」
わたしの不気味な笑いを訝ったのか、箒ちゃんが斜めに顔傾け困り顔で下から覗いてくる。
「よし箒ちゃん。次これ着てみよう。あそのまえにこれ被ってみてそれからこっちも!」
予算倍増だ! こんなんわたしも出すわ!
お前が連れてきたんだろう最初からお前も出すつもりでいろ! と、自分で自分に云ってやりたいが!
「わあ」と驚く箒ちゃんを良いよう狭い店内で連れ回し、次々と着せ替えている内に、ほくほく顔の雪菜子が戻ってきてバトンタッチ。その内、わたしと雪菜子で着せ替えバトル(審査員は箒ちゃん)を開催していたら、夜番の芳永(よしなが)さんが出勤してきて、目を白黒させていた。
雪菜子のはしゃぎように驚いたのかもしれない。
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