ハンバーガーちゃんとレタスさん。

「ていうか、その子、連れてきてよ」

 三日ぶりに一緒になったその日。さて開店、今日は何考えて時間潰そうと思っていると雪菜子は言った。カウンターに立つわたしの真正面、つまりカウンターの向こう側に立ち。

「へ?」

「いやさ。ハンバーガーちゃん」

 体の前で手組んで仰っている。

 いいけど。どうなんですかね正社員さま。その立ち位置は。入り口からのお客さんに完全に背を向けているんですけど。まあ、いないからいいけど。

「んで?」

 頭越しに店内入口を見つめる。

「なんでて。あの服着てるんでしょ? しかもガッコー霞でバイト? 貧乏学生?」

「じゃ、ないんじゃないかなあ。あれはたぶん、服に興味ないんだと思う」

 ご飯もそうだけど。という言葉をわたしはのみ込む。

 彼女、箒ちゃん。件のハンバーガー少女。未だ、わたしのお弁当を食べていた。

 いや……。ていうか、お昼ごはん持ってはくるのだが、ちゃんとしたもの買ってこいと諭しても、「分かりました」と、威勢良く返事しても、結果はコンビニのおにぎりがしおから鮭にランクアップするくらいの成果しか見せてくれない為、見てらんなくなってあげちゃう。

 しお加減が絶妙で、具有りはあんまり好きじゃなくて、じゃないよ。せめて野菜食おうぜ。

 知ってる? 意味ないんだよ? 野菜ジュースって、って何度言ったことか。

『はあ……?』という顔された。

 わたし思った。アレは健康志向じゃない。味が好きだから野菜ジュース飲んでるだけだ。おにぎりも同様だ。その癖、食にも興味ないから結果食べないという選択を取るんだ。

 若いうちだけだよ?

 って、言ったところで『なにがですか?』って素で返されそう。

「考えてみて? あの服、どっちかというと少年用のスウェットだと思ってたのよ。ちっちゃい子用の。わんぱく坊主専用」

「わんぱく坊主」

 分かりますよ。或いはパジャマ。わたしだったら部屋着だな。部屋着で普段なら絶対着ないような意味不明な服着るのって好きだから。

 雪菜子は不満そうに息をつきながら、やっと正面に顔を向けた。お客さんがひとりふたりと通り過ぎ、店外ぎりぎりに出ているハンガーラックに目を留めた。

 が、そのまま通り過ぎる。雪菜子が心なし肩の力を抜く。

 各テナント。店に面している床に張ってあるタイルの線、その内側までしか商品を並べることができない。そういう厳然としたルールがシエラにはある。

 わたしは意味あんのかなとそのルール、と常々思っている。

 本当は通りの真ん中にババーンと展開したい。

「まさか花の女子高生。しかも霞の生徒だっていうじゃん。が、着るとは誰もが思わないじゃない。ちゃんとした服着てよ。うちの店のイメージが悪くなるでしょ」

「ならない関係ないない」

 いや、なる、のか……? どうなんだろう。かわいい女子高生がうちのへんてこなデザインの服着てって。言われてみれば嫌か。

 わたしの表情を見て取ったのだろう雪菜子は口元で笑みをつくった。

「ね? ちゃんとした服着てほしいでしょ? てか着せたいの。私が。ファッションに興味ない子だからこそ良い服を着せてあげたい。そしてファッションに目覚め、ゆくゆくはうちで服買うと」

「それが本音か」

 この人もだんだん隠さなくなってきたな。

「でもお金が」わたしは少しだけ抵抗を示すように言った。誘う、ここに連れてくるまでの口実がいまいち思いつかなかったからかもしれない。それに。

 あの様子だとお金出すとは思えないんだよねえ。聞けば、スマホ代くらい自分で払うとバイト始めたらしいし(偉い。わたしは全てが親だった)。あとは社会勉強。ううむ。確かに、アレは社会勉強した方がいい。人のこと云えないけれど。

 あのくらい図太い方が社会じゃウケるのかな。

「いいよ。私が出す」

「え」

 そんなあっさり。

「そういう子にこそ出したくない?」

 わたしは頭上を見上げる。経年劣化し、大分ひび割れてきた天井を。あそこ補修して欲しいな。店外に出る時、自然目に入る位置にあるんだよね。

 でもま、分かるかな?

 自分のお弁当、流石に今現在も全部とは云わないまでも半分くらいは与えてるわたしがそう思うのだから。

 ああいう周囲のことに頓着のない子にこそいろいろ与えてあげたくなるのだ。教えてあげたくなる。自分の知っている世界を。ほんの少しでも気に入ってくれたらという願いのもとに。

 なんというか、ダメ男にハマる女の理屈? 今思ったけど、それってつまるところ女もダメなのでは?

「ね。じゃ。よろしくー。あ、いらっしゃませ~」

 雪菜子は猫撫で声を出して入ってきたお客さんに向かって行った。

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