魔女のコンビニ─ざばとっぷへようこそ─
結城 しえら
プロローグ 『ざばとっぷへようこそ』
霧の中に現れるコンビニ。
こんな噂を聞いたことはあるだろうか──
曰く、そこに行ったことで悩みが解決した。
曰く、そこは霧に包まれていて普通の人はたどり着けない。
曰く、悩みを抱えていないと入ることはできない。
曰く、店員は魔女だと言う。
そして、また一人。霧に包まれたコンビニへと足を運ぶ。
魔女がもたらすのはいったい何なのか、知る者はいない。
◇
──いらっしゃいませ、ボクの〈お客様〉──
ここはお悩みを抱えた者のみがたどり着くコンビニ。
ボクはここに着く人たちを〈お客様〉として歓迎し、お悩みを解決する為のお手伝いをしているんだ。
「おっと、噂をすればなんとやら、だね」
〈お客様〉の前に立つんだ、身だしなみを整えるのは当然……うん、今日も髪の毛は元気だね。
以前他の〈お客様〉に言われた言葉を思い出すよ。
確か……毒草を鍋で煮詰めたような紫色、だったかな。
怯えた表情で褒められても反応に困るよね。
真っ暗に染め上げられた制服のほこりを払いながら紫紺の毛先をいじる。
さぁ、お出迎えするとしよう──ボクの大切な〈お客様〉を。
「いらっしゃいませ、〈ざばとっぷ〉へよう……ああ、この間の〈お客様〉、お元気でしたか?」
表へと出て、挨拶をしようと〈お客様〉を見る。どこか見覚えのある人だった。
ああ、思い出した。
三日前だろうか、確か同じ背格好の〈お客様〉が来ていた。少し痩せたかな?
ボクの声を聞いた〈お客様〉がゆっくりとこちらを見る。
顔はやつれ、目は血走っており、その下にはクマができている。
ボクでなければこの変化した人物が〈お客様〉だとは気が付かなかっただろう。
〈お客様〉が目を見開く。それはもう目玉が零れ落ちるんじゃないかと錯覚するほどに。
「っ、元気も何もあるかこの嘘つきが!」
怒声を上げながら、こちらに近づいて来る〈お客様〉。
声大きいし元気だと思うんだけど……違うのだろうか。
「どうかしたのですか?」
怒っているようだが、ボクにはその理由がさっぱり分からなかった。
「お前のせいで、お前のせいで……」
何やら、しばらくぶつぶつと独り言を言っていたが、心優しい〈お客様〉は何があったのかを事細かく説明してくれた。だがそれでもどうして怒っているのか理由が分からない。
むしろ……
「それこそが、〈お客様〉が望んだことの結果ではありませんか」
何か違いましたか? と問うと、ピクッと〈お客様〉の身体が硬直した。
ボクの読みは正しかった。
思わず笑みがこぼれる。
「フフフッ」
「な、何笑ってんだ……」
少し微笑んだつもりなのだが、〈お客様〉は数歩後ずさる。
「あら、逃がしませんよ?」
ボクはゆっくりと、〈お客様〉が開けた距離をゼロに戻した。
「何って、〈お客様〉のお悩みを解決できたことが嬉しいのですよ」
──今話していたことこそ、貴方様の望みなのですよ。
〈お客様〉の耳元でボソリと囁く。
〈お客様〉は下を向いてその場に膝をついた。
すかさずボクもしゃがんで〈お客様〉の顔を覗き込む。
どんどん表情が歪んでいく。
あああ、と声にならない細い声がのどの奥からヒュウヒュウと出ていた。
やつれていた顔はさらにしわくちゃに。
「……美しい」
ボクはほぅっと息を吐く。
この〈お客様〉の絶望に落ちる瞬間を見るのが大好きなんだ。
光を失いかけた〈お客様〉の瞳にボクの瞳が映りこむ。
この世のすべての色を混ぜ込んだような光のない黒、ボクの瞳だ。
普段は糸目で、持ち主のはずのボク自身ですら滅多に見ない。
今の〈お客様〉は、ボクの瞳よりもどす黒い絶望に飲み込まれている。
ペロリと下唇を舐める。舌に着けているアメジストのような紫色のピアスがキラリと怪しく光った。
「最高の絶望を──ありがとうございます」
今、ボクの表情はどんな風に映っているだろうか。〈お客様〉の瞳から光が失われてしまったせいで確認のしようがない。
最後に、ボクは心の底から感謝を伝えた。恐らく届いていないだろう。
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