第3章:伝説の扉、紫苑の鳥を追いかけて

 週末の早朝。まだ街が目覚める前の静寂の中、紫苑と胡蝶は待ち合わせ場所の駅前に集まっていた。二人とも私服姿で、まるでデートにでも行くかのような雰囲気だった。


 紫苑は、淡い紫色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。首元には、いつもの紫水晶のペンダントが輝いている。一方の胡蝶は、シルバーのブラウスに黒のスカートという大人っぽい装いだった。その姿は、まるでファッション雑誌から抜け出してきたモデルのようだ。


「おはよう、綾小路さん」


 胡蝶が優雅に手を振る。その姿は、制服姿の時と変わらず凛としていた。


「おはようございます、月城先輩」


 紫苑は少し緊張した面持ちで挨拶を返す。胡蝶の美しさに、思わずドキリとする。


「それで、どこへ行くんですか?」


「ここから少し離れた山にある神社よ。『紫苑の鳥の檻』の伝説に関する手がかりがあるかもしれないの」


 胡蝶の声には、わくわくするような興奮が滲んでいた。


 二人は電車に乗り込んだ。まだ早朝のせいか、車内はガラガラだった。向かい合わせの席に座った二人の間に、妙な緊張感が漂う。


「月城先輩は、どうしてこの伝説に興味を持ったんですか?」


 沈黙を破ったのは紫苑だった。


 胡蝶は窓の外を見つめたまま、しばらく答えなかった。そして、ゆっくりと口を開いた。


「私には、叶えたい願いがあるの」


 その言葉に、紫苑は息を呑んだ。胡蝶の瞳に、今まで見たことのない真剣な色が宿っていた。


「願い……ですか」


「ええ。でも、それを誰かに話すのは初めてよ」


 胡蝶は紫苑の方を向き、微笑んだ。その笑顔には、いつもの優雅さの中に、どこか儚さが混じっていた。紫苑は、思わず胡蝶の手を取っていた。


「私、実は……」


 胡蝶の言葉が途切れた瞬間、車内に異変が起きた。


 突然、青紫色の光が走ったのだ。それは一瞬のことで、周りの乗客は気づいていないようだった。しかし、紫苑と胡蝶の目には明らかだった。


「今の……!」


「ええ、間違いないわ。図書室で見た光と同じ」


 二人は顔を見合わせた。そして、胡蝶が決意を込めた声で言った。


「これは、きっと私たちを導こうとしているのよ」


 紫苑は黙って頷いた。心の中では、不安と期待が入り混じっていた。


 やがて、二人は目的地の最寄り駅に到着した。駅を出ると、そこには鬱蒼とした森が広がっていた。朝靄がかかり、幻想的な雰囲気を醸し出している。


「ここから先は歩きよ」


 胡蝶が指さす先に、古びた鳥居が見えた。


 二人は静かに歩を進める。木々の間から漏れる朝日が、二人の姿を柔らかく照らしていた。紫苑は、胡蝶の後ろ姿を見つめながら歩く。銀髪が朝日に輝き、まるで光の糸のようだ。


 しばらく歩くと、突然紫苑が立ち止まった。


「どうしたの?」


「先輩、聞こえませんか? 鈴の音」


 確かに、かすかに鈴の音が聞こえてくる。しかし、その音は風に乗って流れてくるというより、まるで二人の心に直接響いてくるかのようだった。


 二人は音の方向に歩みを進めた。すると、木々の間から一枚の青紫色の羽が舞い落ちてくるのが見えた。


「あっ!」


 紫苑が思わず声を上げる。その羽は、夢で見た少女の羽衣と同じ色をしていた。


 胡蝶が素早くその羽を掴む。しかし、手の中で羽はふわりと消えてしまった。


「消えた……」


 呆然とする二人。しかし、その直後、驚くべき光景が目の前に広がった。


 鈴の音が強くなり、目の前の空間がゆがみ始めたのだ。そして、そこに一つの扉が浮かび上がった。


 古びた木でできたその扉には、青紫色の鳥の彫刻が施されていた。その鳥は、まるで紫苑を見つめているかのようだった。


「これは……」


「『紫苑の鳥の檻』への入り口?」


 胡蝶の言葉に、紫苑は無言で頷いた。


 二人は扉の前に立ち、お互いの顔を見合わせる。そこには、不安と期待、そして決意の色が混ざっていた。


「行きましょう」


 胡蝶が静かに言った。その声には、いつもの優雅さの中に、強い意志が感じられた。


 紫苑は深呼吸をして、胡蝶の手を取った。その手は、少し汗ばんでいたが、しっかりと紫苑の手を握り返してくれた。


「はい」


 紫苑の返事とともに、二人は一緒に扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。


 まばゆい光が二人を包み込む。


 そして、世界が一変した。

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