#32 臆病者たちのケジメ/深山風護

 行き場などないと知りつつ、吐き出した風護の問いに。

「みんな、勇気とか自制が足りなかったかな」

 変わらず優しげに、クミホさんは答える。


「まず実風みかちゃんは、ミヤマくんとちゃんと向き合う勇気もないまま、自制できず他の男子と仲を深めてしまった。そして傷害事件を受けて、自分の不義を詫びる勇気がなく、嘘を続けてしまった」


飛宮ひみやくんは……ミヤマくんとの関係が決着するまでは実風ちゃんとの距離を保つ、そのための自制ができなかった。自分が汚名を着るとしても真実を追求する勇気が出せなかった」


「ミヤマくんの友達、世間の逆風に抗ってでも友達の声に耳を傾ける勇気がなかった。学校関係者、外圧に屈して公正さをおざなりにしてしまったのは、やっぱり組織としての自制が足りないよね」


「ミヤマくんのお母様は……そうだな、やっぱり加害少年のひとり親ってのは、向けられるプレッシャーは凄まじかったと思う。元夫との間に、耐えがたい辛い思い出もあったのかもしれない。

 ただね。親だからこそ、子供の尊厳を否定するような教育はしない自制が必要だし、子供の訴えに向き合う勇気は絶対に必要だったよ」


 関係者それぞれの罪を、穏やかな口調で、クミホさんは整理していく。


「そして、深山風護くん」

 その対象は、風護とて例外じゃない。

「彼女を守りたいって気持ちは正しいよ。けど、それでもね、凶器を持ってるわけでもない人を、骨折するほどの勢いで突き飛ばしちゃうのは、正しい対応じゃないよ」

「自制ができていないってのは自覚しています。頭に血が上って力の加減ができなかったのは、確かなので」

「うん。それとね……君は勇敢なようで、ある意味ではすごく怖がりなんだと思う」

 ここで初めて、風護はクミホの指摘に納得できなかった。


「勇敢じゃなくて蛮勇だってなら分かりますが……怖がり、とは?」

「君は、大事な人が苦しむことを、極端に恐れているんだ」

「……あ、」

「大事な人の気持ちに反するリスクを、取る勇気がない」

 腑に、落ちてきた。


「生前でいえば。実風ちゃんに配慮するあまり、関係をはっきりさせるために話し合うことができなかった。傷害事件の後も、実風ちゃんの立場が悪くなるのを避けたいって気持ちは捨てられなくて、全力で反論はできなかったんじゃないの?」

「……それもある、かもしれないです」


 実風に配慮することは、風護にとって当然すぎる前提だった。だから彼女と決定的に対立したとき、風護は激しい混乱に見舞われてもいた。


「それに霊域では。この前の仙台で無茶したのも、いずれトワちゃんに苦しい思いをさせるかもっていうリスクに耐えられなかったから、と考えることはできるよね」

「できますね……クミホさん、心理分析の道でもプロなんですか?」

「そんなことないよ。ただ、霊管軍にはちょっと多い傾向ではあるかな。だから私も、こう言うのは初めてじゃないんだ」


 クミホさんは、両脇の斗和とオシムラの背中に腕を回す。

「命を奪う苦しみは、みんなで分け合わなきゃいけないんだ。誰か一人が背負うものであってはならない、決して」


 そして、斗和が風護へと踏み出す。

「ごめんね、君に大事なことを伝え忘れていたよ。

 私は確かに、敵の霊胞に刀を当てて命を断つ役目を担っている。けど、その一撃に至る道は、大勢の仲間が作っているんだ。

 私ひとりの手柄じゃないのと同じで、私ひとりの罪でもないんだ。だから風護くんも、ちゃんと分け合ってほしい……分け合う勇気を、忘れないでほしい」


 斗和が差し出した小指に、風護も応える。

「……すぐに考えを変えられるかは分かりません。

 ただ、そう思える自分を目指すことは、約束します。

 だから斗和さんも約束してください、どんな痛みも俺に分けてくれるって」


 斗和は何度も頷いて、それから。

「――斗和さん!?」

 飛び込むように風護に抱きついてきた。

「あの、過ぎちゃったけどね」

 斗和は囁く、風護もとっくに忘れていたことを。

「お誕生日、おめでとう」

「……ああそっか、ありがとうございます」

 

 誕生日は1月13日。3日前だ、霊域は日付感覚が薄いせいもあり完全にスルーしていた。それ以前に、一度死んだ風護には、祝福に値する日だという認識すら抜けていた。

 けど、斗和は照らしてくれた。


「今まで本当に、頑張って生きてきたね」

 死のうと消えない、生きてきた足跡を。

「来年も絶対に、私が君に、お祝いしてあげるからね」

 これからもこの場所で続く、風護の人生を。


「だから約束。来年も一緒だよ」

「……はい、約束です」

 もう一度、指切りと微笑みを交わしてから。


「さて……ヒデくんが早く戻れってうるさいのでミーティングに戻ります。じゃあね!」

「あっはい、また」

 来たときと同じくドタバタと、斗和は音楽室を出ていった。

「……トワちゃんの心配も解けたね、良かった良かった」

 クミホさんは廊下の方に目をやってから、風護へと視線を戻す。


「さて。ちょっと話は逸れたけど……私が言いたかったのはね。

 ミヤマくんが思考の偏りに自覚して、改めようと決められたように。君が生前に関わった人たちも、時間ときっかけがあれば、君を追い詰めた自分の行動を省みることができたと思うんだ」

「そのきっかけが、俺が殺されたことですか?」

「今回はね。ただ、君があのまま生き続けていたとしても、いずれその機会はやってきたと思うんだ。つまり、」

「俺の人生は、生き続ける価値があった……ですか?」

「私はそう信じる、君にもそう信じてほしい」


 風護は資料映像を見返す。懸命に目撃者を探す実風、その胸中を想う。

 本当の実風、と言えるかは分からないけれど。風護の知っている実風らしさに溢れた、あまりに真摯な眼差しを見つめる。


「実風は、恐らく何の根拠もない状態で、SNSが俺への非難であふれ返ってる段階で、俺が危険に飛び込んだ理由があるはずって信じたんです。

 高校で裏切られたことは今も納得していません、恨みだって消せません。けど、そうやって俺を信じて行動してくれたことは、やっぱり嬉しいですし……そういうところが好きでした」

「そっか。素敵な子、だったんだね」

「ええ、本当に」


 心底愛していた、それを否定する気はない。

 そしてもう執着することもない、呪うこともない。

 ちゃんと、過去として、切り離せる。


「ただ母親は……今でも思うんですよ、俺がいなくなって自由になれたんじゃないかって」

「そっか……一般論として、ちょっと距離ができた方が関係が良好になる親子も多いと思うよ。後は、私のわがままになっちゃうんだけどね」


 クミホさんは語る、お腹に右手を当てながら。

「十数年も。お互いに生きて、育てて育ったことは。それだけで尊いんじゃないかな」

「……そう、ですね」

 クミホさんの外見から察するに享年は20代半ば、もっと若いだろうか。子供と一緒にいられた時間はあまり長くなかったか、あるいは産むこともできなかったか――それ以上は風護から聞けなかったし、母親に言及することもできなかった。



「とにかく、ミヤマくん。君が生きてさえいれば、君が思うほど悲しい人生じゃなかったはずなの。だからね、絶対に許しちゃいけないの」

「犯人のあいつらを、ですか」

「そして、彼らを突き動かしたものをね。恐らく君は、逆遷の被害者だから」

 前にヤナギンガから受けた説明を思い出す。

「その凶行が逆遷によるものか、確証は持てないと……それこそラボのヤナギンガさんから聞いていますが」

「一般的にはね、そしてヤナちゃん的にはそう答える他なかったか……まだ試験段階の技術だけど、霊核の状態から生前に受けた霊域の影響を分析することはできるんだ」


 クミホさんは資料を切り替える。

「霊核の個別鑑定。全員やってる基礎検査よりも詳しく、ラボで霊核を見てもらうの」

「ラボ顧問とはいえ、そんな気軽にいいんですか? めっちゃ忙しいでしょうエスペル主席」

 オシムラから疑問の声、そんなに手軽な作業ではないらしい。

「いいのいいの、ミヤマくんなら手間に見合う成果が見込めるし」

 ちょっとイタズラがかった笑みで、クミホさんは付け足す。

「エスペルくんも活きのいいサンプルほしがってたから」


「えっと、サンプル?」

「ほらミホ姉、マッドサイエンティスト気質がフウゴにバレちゃったじゃないすか」

「賞賛ありがとう……というわけでどうかなミヤマくん、ゴスキルの成長もつながりそうだし、未来の上司候補としてはもっと情報ほしいんだ。ラボとか君の隊への手続きは私が通しとくからさ、どう?」

 唐突な誘いに面食らいつつも、ゴスキルが伸びるきっかけは逃したくないし、生前の疑問はできるだけ晴らしておきたかったので。

「分かりました、お願いします」


 了承しつつも。もし自分の死に霊域が関わっていたらと考えるのは、あまりいい気持ちはしなかった。

 自分を殺した犯人たちも霊域の影響の被害者、とか。それこそ、死んでも言われたくない。

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