#24 忙殺される人情/深山風護
霊域におけるヴァイマンの発生ペースは、生域で人が亡くなるペースと対応していないことが多い。
後者の中でも異常なほど転現の多かった今日は、異様にハードな警備任務となった。
強いヴァイマンが立て続けに出現、普段の数倍のペースで戦闘が続いた。加えて転現者の発見・救助も立て込んでおり、中隊外部へ増援を要請するほどだった。
未明の川沿いの住宅地。
「飛ばせっ!」
風護のエアギスを食らったヴァイマンが宙を舞う。倒れたそいつにすかさず、仲間2人がマルガンでトドメを刺す。
「ミヤ、こっちヘルプ!」
振り向く、2体のヴァイマンに壁際に追い込まれる先輩がいた。まだ盾が活きているが放置は危険、ここでエアギスを撃つと味方の体勢も崩れる、ならば。
「――破れ」
近かった個体へとトンファーを突き出す、霊傷性を帯びた
「ギィ!?」
仕留めてはいない、しかし注意は確実に風護に向いた。そいつの殴打を躱しつつ、回り込む風護。
「フウゴくん、こっち!」
「はい――行け!」
マルガンの準備が整った仲間の前へ、エアギスでヴァイマンを吹き飛ばす。そいつが転倒したところにキラーモードで射撃、撃滅。打壊棍で注意を引いてエアギスでポジションを調整する、このチームで磨いてきた連携だ。いずれは打壊棍のみで致命打を与えたいが、今はこれが最適。
「サンキュなミヤ、助かったわ」
敵が片付いたところで、さっきの先輩が駆け寄ってきた。ハギーノさん、風護よりもやや入隊の早かったおっちゃんだ。
「盾、保ちそうですか?」
「後ひと波ってところか、一旦ポータル戻りてえな」
AGシールドの耐久力が不安になることなど、普段の任務では考えられない事態だ。それだけ今回の戦闘は濃く長い。
「すまんフウゴ、待たせた」
バディのウシゴエモン先輩である。本来は風護と一緒に動く手筈だったのだが、混戦のなか別の仲間をカバーするうちにはぐれてしまった。
「いえ、俺も動きすぎました。すみません」
「ああ……まあ反省会は後だ」
〈B分隊、一旦
小隊長からの指示だ、やっとゴールが見えてきた。とはいえ転送中の護衛も気は抜けない。
「ミヤマ、今のうちに飲んどけ、まだ先は長い」
ゴスキルの連発は霊熱を消耗する、時間的余裕のあるうちに回復するべしと風護も聞かされていた。
「はい、警戒願います」
「グイッといけ!」
「OKっす!」
「よし、行くべ」
眠る仙台の街には雪が降り積もる。道路が凍ろうと霊域での歩行には支障ないのだが、それでも足元の不安は捨てきれない。大丈夫と言い聞かせつつ、仲間と共に駆けていくのだが。
「ゴエさん、この声」
「転現した子供だろうな、可哀想に」
寒空に響き渡るのは、パパ、パパ、と泣き叫ぶ幼い声。国際会館に近づくにつれてその声は大きくなっていき。
「ああ、これで転送に移れねえのか」
ウシゴエモンの嘆息。転移拠点である国際会館屋上には、普段とは違う人だかりができていた。
「大丈夫、パパはお姉さんたちが見つけてあげる」
「やだ!! ぜったいパパといっしょ!!」
「お願い、レントくんも危なくなっちゃうの」
5歳くらいの男の子だ。隊員が逃すまいと抱きしめ、他の転現者たちも何とか落ち着かせよう声をかけている。異常事態の中でも泣く子がいれば気になってしまうのが人情、だろうか。
「あの子のパパは、」
思わず風護の口をついた疑問に、ウシゴエモンはすぐに答えた。
「一帯の転現者は確保された、それ以上は考えても仕方ねえ」
「……ですよね」
恐らくレントくんは父親と一緒にいる最中に亡くなったが、同じ地点に父親は転現しなかったのだろう。父親は助かった、亡くなったが転現しなかった、あたりが濃厚。転現のタイミングや場所がズレており、別チームに救助されている――というレアなパターンを願いたくもなるが。
しかしそんな感傷は、中隊本部からの警告にかき消される。
〈ネガ・ゲート発生兆候を検出。推定時間:10分後〉
大量のヴァイマンに誘導され、
「隊長、ヴァイマン討伐を続けましょう。この辺の密度が減ればゲートは遅らせられます」
ウシゴエモン先輩は遊撃小隊長に提案する。
「ダメですって、もう要救助者を転送しないと掃討とかち合います! この人たちの転送が済むまではここの護衛に専念させましょう!」
反対の声を上げたのは防衛小隊の隊員。
生域の安全を優先するのが前者、転現者たちの安全を優先するのが後者である――風護としてはどちらの意見にも頷けるので、上官の判断を待つしかない。
士幹たちが素早く意見交換し、やがて中隊長からの指示が下った。
〈ゲート発生に伴い、特対群も出動に移っている。増援の速やかな討伐を支援するため、巡視小隊から1個分隊を出して偵察を行う〉
拠点防衛に影響のない範囲でゲート対策を行う、風護からすると妥当な折衷案に思えた。すぐに巡視隊員が乗用デバイス・ゴスライドを駆って街へ飛び出していく。
風護たち遊撃小隊は、防衛小隊と共に警戒を続ける。拠点は地上20メートル強の建物の屋上にあるが、運動能力に長けたヴァイマンなら跳躍してくることもあるし、柱や壁を伝って登ってくることもある。レグマンが密集しているところにはヴァイマンも集まってくる、その理由は未解明らしいが。
そして、いざ転移開始という段になって。
「あいつ来るな」
ある隊員が指したのは、雪の中を高速で駆けてくる人型。スピードからしてどうみても生域の人間ではない、迎撃態勢に移る。
「ミヤマ、ゴスキルの準備しとけ。上がってきたら落とす」
分隊長の指示。風護のエアギスは、敵との距離を空けたいという状況には最適なのだ。
「了解です、俺の位置はここで良いですか」
「いや、もうちょい下がれ……そう、そこ。後は仲間のガイドを待て」
屋上の縁からは後退したので、接近する個体の位置は見えづらい。しかし前に吹き飛ばすエアギスの特性を考えると、ここが最適なのだろう。
「跳んだ!」
「高い……ミヤマ、ここ狙え!」
「はい!」
「カウント――3、2、」
「墜とせ!」
迫撃砲じみた弾道で跳んできた影、その着地直前にエアギスが直撃。それは空中で煽られつつも落下、一気に隊員たちが包囲する。
侵入したヴァイマンの姿形もはっきりと視認できた。ジャンパーにジーンズの若そうな出で立ち、男性らしき骨格で顔にはノイズ、それは跳ねるように身体を起こし。
「パパだ!!」
そのヴァイマンへと叫ぶ幼い声、思わず振り向く。先ほど父親を探していたレントくんだ――考え得る限り最悪のシチュエーションである。
しかし、小隊長の判断は早かった。端的なテキストが隊員たちへと飛ぶ。
〈男児を拘束してヴァイマンを排除。記憶は後で消す〉
「えっ」
「行くぞフウゴ!」
戸惑う風護を、ウシゴエモンが叱咤。慌てて風護は意識を戦闘モードに切り替える。相手はヴァイマンだ、もう心を通じ合わせることは、できない。
「下に運ぶ、ミヤマの風だ」
分隊長の指示に従い、風護は隊員たちに守られながらヴァイマンに接近。飛び出したウシゴエモンがヴァイマンを殴って注意を引き、風護と反対側を向かせてチャンスを作る。風護のエアギスが背後に直撃したヴァイマンは,狙い通り屋上から転落。
「パパ! おれここ! ねえパパ!}
レントくんの声が虚しく響く中、隊員たちは小隊長の指示を催促する。
「追いましょう、あいつを倒せばゲートは遅れます」
「いや、ここは待機で! これ以上のリスクは危険です!}
同時に、地上を見張っていた隊員から報告。
「さっきの奴、また接近!」
「またか……遊撃B分隊、地面に引き付けてくれ」
「了解!」
B分隊、風護やウシゴエモンを含む10人だ。次々と屋上から飛び降り、ヴァイマンへ攻撃を加えるべく接近。ダメージにならなくてもいい、注意を引いて転移拠点から遠ざけるのだ。
しかしここで、大きな誤算。
「わあ――っああ!!」
風護たちを追うように屋上から飛び降りてきた小さな影、レントくんである。
「待ってなんで」
「振り切ったの!?」
そして、中隊本部から切迫した報告。
「付近にゴスキル反応あり、同盟がいます!」
倒さねばならない敵、それを父親と呼ぶ子供、そして霊管の宿敵。
風護にとって、そしてこの場の多くの隊員にとって、初めてとなるイレギュラーだらけの異常事態だった。
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