第12話 今日の朝から幼馴染に疑われ始めている?

 翌日の朝。

 河合真幸かわい/まさきは、カーテンから差し込んでくる日差しを目元に浴び、ベッドから起き上がる。

 それからリビングで朝食を取り、自室では学生服に着替えて玄関まで向かう。


 この流れはいつも通りといった感じであり、テキパキと仕度を済ませ、玄関先の段差に座り、靴を履く。

 そんな中、勢いよく階段を下ってくる足音が響く。


「お兄ちゃんッ、今日は一緒に行こ」


 近づいてきたのは妹の河合咲夜だ。


「一緒って、でも、途中までだからな。学校が違うんだからさ」

「それでもいいよ!」


 咲夜さくやは元気よくそう言って、真幸と同様に玄関先で靴を履いていたのだ。


「これでよし! お兄ちゃん、遅いよ。早くね!」

「ちょっと待てって」


 真幸は靴紐を結んでから立ち上がる。


 外に出ると、空は快晴だった。

 外の空気も心地よく、道を歩いているだけでも気分が良くなってくるほどだ。




「そう言えば、お兄ちゃんからして美蘭さんの事についてどう思ってる感じ?」

「どうって、普通」


 学校に繋がっている通学路を妹と共に歩いていると、咲夜から問われていた。


「普通って。でも、何かが好きだったら付き合ったんでしょ」

「まあ、そうだけど……流れ的に付き合いだした感じだけど。一つ言える事はさ、美蘭は思ったより優しいし、話しやすいってことかな。実際に付き合ってみて、意外と楽しいし」


 美蘭みらと関わる前の真幸からしたら、陽キャ全員が面倒な人とばかりだと感じていた節があった。

 けれど、話してみると案外普通であり、そこまで嫌な印象を受ける事もなかったのだ。

 今のところ、美蘭以外のクラスの陽キャとも普通に関われており、大事には至っていない感じだった。


「じゃあ、良かったじゃん。今度の休みの日に遊園地に行ってきてよね」

「わかった。遊園地のチケットありがとな」

「別にいいよ。その代わりに、そこの遊園地に特別なお菓子セットがあるから、それを買ってきてよね」

「もしや、それが目的か?」

「そうだよ。あとね、去年クラスメイトの友人たちと、その遊園地に行って来たんだよねー」

「そうなのか?」

「そうそう。その時のお菓子セットの味が忘れられなくて。それで、お兄ちゃんが遊園地に行くなら買ってきてほしいなって」


 隣を歩いている咲夜は、去年のお菓子の味を思い出すような表情を見せていた。


「というか、遊園地のチケットがあるなら、咲夜が去年の友達と一緒に行けばよかったじゃんか。元々は咲夜が持ってたチケットなんだし」

「でもね、その友達とは今年からクラスが違って。それに部活とかのスケジュール的に時間が合わないの。それに使用期限もあるしってことで、お兄ちゃんに渡したってわけ」

「そ、そうか、そういう事情があるならいいんだけど。その遊園地にあるお菓子セットを

買ってくればいいんだな」


 真幸は確認のために問いかけると、妹は親指でグッとサインを見せてきたのだ。


「お兄ちゃんにちゃんとした彼女が出来たんだし、楽しんできなよ。今週中の休日にさ」


 真幸は咲夜から背を押されてしまった。


「私の中学、こっちの道だから、またあとでね。お兄ちゃんッ!」


 朝っぱらから元気の良い挨拶をする妹は、大きく手を振って、その場所から駆け足で立ち去って行ったのである。

 騒がしい感じだったが、咲夜がいなくなった瞬間、大きな嵐が過ぎ去ったみたいに静かになっていたのだ。


 真幸は一人で通学路を歩き、周りから聞こえてくる、同じ学校指定の制服を身につける人らと共に学校へ向かって歩き続ける。


 そんな中――


「おはよ!」

「ん? 彩芽か」

「うん」

「おはよう」


 曲がり角から現れたのは、幼馴染の八木彩芽やぎ/あやめ

 昔からの付き合いのある子だが、住んでいる家が意外と遠かったりする。


 真幸が普段から高校に向かって歩いている通学路の途中に、彩芽の家があるのだ。


「今日は一人?」


 二人は通学路を歩き始める。


「いや」

「え?」

「妹と一緒だったんだよ」

「あ、ああ、咲夜ちゃんと?」

「そうだけど。どうかした?」

「んん、なんでも……あの美蘭って子からと思ったけど、違うんだね。咲夜ちゃんで良かった……」


 彩芽は何かを口にしていたが、真幸からしたら聞き取れていなかったのだ。


「ねえ、今週中の休みの日って、遊べるんだよね?」

「え、あ、ああ。そうだね」


 突然の事態に、真幸は声を震わせていた。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「ん?」


 通学路。

 隣を歩いている彩芽が首を傾げている。


 真幸は体育の合同授業の時、テニスコートにて、彼女とは今週の休みに遊ぶ約束をしていた。


 考えてみれば、美蘭と遊園地に行く日と、幼馴染と約束した日が丁度かぶってしまっているのだ。


「えっと……」


 こんな状況で焦っても意味はないと思っても、真幸の心臓の鼓動が高鳴り始めていた。

 むしろ、余計に考えれば考えるほどに、心が震えてくるのだ。


「まあ、今週中の事なんだけど」

「うん」

「約束を日曜日に変更できない?」

「日曜日に? 別にいいんだけど。急にどうかしたの? どうしても無理な用事とか?」

「そ、そうだな」


 真幸の声は震えてはいたが、何とかスケジュールの変更を申し入れる事にしたのだ。


「というか、そういう提案をしてくるとか、何か怪しいー」


 彩芽からはジト目を向けられており、真幸の言葉に対して疑問視するような口調になっていたのだ。


「なんでもないよ」

「えー、本当。なんか、嘘をついているような感じがするけど」

「本当かなぁ?」


 真幸は平常心を装い、何事もないように振舞う。

 しかし、この状況から、幼馴染からの鋭い考察が始まろうとしていた。


「でもさ。真幸って、嘘をつく時ってすぐに本題に入らないよね。なんていうか、言葉を濁した感じの話し方になるっていうか」

「え⁉ そ、そうかな?」

「真幸と昔っからの仲なのに、気づかないとでも?」


 真幸は心の中で負けたと思った。


「で、でも、妹と一緒に行く予定で。咲夜がどうして俺と行きたくて」


 美蘭と一緒に行くという情報だけは、絶対に口にするわけにはいかなかった。


「そうなの? ま、まあ、咲夜ちゃんと一緒ならまあいいけど。んー……いいわ。今回だけね。じゃ、日曜日楽しみにしてるね、真幸」


 ――と、一瞬唸り声を出していたが、その途中で迷いが吹っ切れた幼馴染は満面の笑みを浮かべていたのだ。

 そんな事も相まって、真幸は通学路を歩いている際、ずっと心が痛んでいたのだった。

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