天才小説家と不動のメインヒロイン

はると

第一章

第1話 現実

 理想と現実はかけ離れている。「小説家」、自身のSNS投稿にそのハッシュタグをつけるだけで、閲覧数は万を超える。コメントが付き、いいねが押される。「僕も将来は小説家になりたいです!」と、元気よく返信してくる人は少なくない。彼らが学生なのか社会人なのか、ニートなのか、正直僕にとってはどうでもいい。ただ、僕はひたすら彼らの返信にいいねを押すだけだ。

 気分で送っただろうコメントに、いいねを付ける。心を込めて送ったものでもなく、ただの興味本位で送られてきたであろうコメントだとしても。


 そうすれば彼らは、小説家からいいねがもらえたと、有名人から反応がもらえたと喜ぶのだ。彼らを少しでも満足させる。そうすれば彼らは友人やSNSで自慢する。単純だ。コメントに目を通していいねを押すだけ、その単純作業だけで僕の知名度は上がっていく。

 SNSは1vs1ではない。それを意識し続けできたからだろう。書籍化する前から続けてきた考え方は後の僕を作り上げていった。僕が初めて出した小説は世に言うヒット作品となった。SNSでトレンド入りして、書店ではレジ前、人気作品コーナーや新作コーナー、小説コーナー以外の場所にも置かれた。小説家が売れるためにする努力は執筆だけでは無い。そう思うのは僕だけではないだろう。「今大人気の新作小説!」そんな張り紙が貼られていて、さらに著者の直筆のサインが書店に置かれていればどうだろうか。


 読者とは、初めは本の表紙、あらすじ、タイトルを見て購入するかを検討する。しかし、派手に飾られた装飾、そこに直筆のサインが置かれていれば?


 その本自体の欠点を隠すことができるし本の第一印象を好印象として残すことができるのだ。完璧を求める読者は少なくない。実力不足があれば他でカバーする。書籍化するということはそういうことだ。どんな手を使ってでも売れるために努力する。面白い作品を書くだけでは売れない。それが夢とは程遠い、現実である。




 漫画化から実写映画化、アニメ化、あちこちの制作会社や出版社から声がかかった。「メディア化してもっと有名に!」とか「私の会社なら大ヒットする映画に!」とか、どこぞのSNSの広告かのようなメールが相次いだ。だけど、僕はその全てを理由付けで断った。またの機会に、と。


 売れるためには覚悟が必要で、時には夢を捨てなければいけない時だってある。今では、理想を抱いて夢を追いかけていた自分を、可愛がるように見守っている。


 そして、初書籍化を果たした時に、約40もの会社からの依頼を断った結果、2作品目の書籍化での大ヒットを果たした時には、世間を大きく騒がせることになった。


 制作会社や出版社は前作の出版時よりも大きなスケールでの依頼をしてきた。映画化に関しては制作費を前回の2倍にするという話まで回って来たりもした。またの機会に、その言葉で、僕の人生の歯車は止まることなく回り続ける。


 メディア化により、仕事が以前の比にならないくらい増えた。顔を隠してのテレビ出演や、インタビュー、アニメ化、映画化、ゲームシナリオの依頼。パソコンのメール受け取りボックスからメールが消えることは一度も無い。


 1日の仕事時間は約5時間。打ち合わせやら会議やら。たまに出版社に顔を出すことだってある。それがフリーランスの小説家ならまだ良かったのだ。それなりに稼げて、世間一般の勤務時間にしてはだいぶ少ない方だろう。


 そう、僕がフリーランスで成人済みの小説家だったらの話だ。しかし、実際に世間を騒がせている大人気小説家は高校生であった。




 朝の9時から夕方16時頃までの7時間強制勤務からの5時間の残業。さらには本業である小説家としての仕事をプラスで進めていかなくてはいけない。そう考えると、理想と現実はかけ離れたものだと実感できる。


 担当編集者からの鬼電は今日も止まらない。電話に出たくないという理由で先日、わざわざ2代目のスマホを購入したくらいだ。


 鬼編集者は勤務時間を過ぎた深夜だろが早朝だろうがお構い無しの鬼電をかましてくるのである。




 これが人気小説家の現実である。

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