第43話 妻の思惑

私にとって、妻はそれほど気に入った相手ではなかった。見栄っ張りの父がガーランド家の家格の低さを補おうと組んだ縁談だ。いや、王太后の王妃時代に勧められたから、だったか?




 確かに血筋もよく、それなりに美しい。礼儀をもって私に接してくれはするが、あの目の奥の光がいけない。要は、私を見下しているのだ。それはそうだ。側室腹とはいえ、正式な王の妻が産んだ王女様だ。新興の伯爵家など、本来は鼻にもかけないはずだ。




 彼女のデビュッタントでダンスに誘った時、私を上から下にもの凄い速さで一瞥し、スッと手を差し出して来た。嫌々踊るのは、見え見えだった。多少なりとも王女様というものに憧れがあったが、それはその時に王宮の庭に捨てて来た。




 だがいざ結婚してみると、思ったより悪い夫婦関係ではなかった。我々は利害が一致している。高貴な妻が欲しい我が家と、贅沢と自由を許す夫が欲しい妻。中々、父は慧眼だったのかもしれない。




 やはり人と人は、利害の一致が一番の要だ。




 商売が上手くいってお互いに利益があれば、永の親友にもなれるというものだ。どちらかが損をするようでは、本当の商売人とはいえない。お互いに十分な利益を受け取り、さらに裏でも、他の利を探して取ってくれば良いのだ。




 妻はそれが、非常に上手かった。




 妻が側室のフローリア妃の介添え人シャペロンになってすぐに、こんな事を言ってきた。


「フローリア妃からいい事を聞いたのです。小さなくずダイアモンドで、商売をなさいませんか?」




「くずダイア?」


 この妻は、以前痛んだ果実を加工するという案を、私にくれた。投資した果実が災害でやられて大損をするところ、妻の言う通りに加工した果実は保存も利き、大変良く売れた。一見人が駄目だと思う物にも、利益を見出す。あれは、助かった。




 だから、この妻の話は一応聞く事にしている。




「オートナムでは宝飾品に使えないような、小さな石が大量に転がっているのですって。それを鉱夫が、こっそり町娘に贈ったりして気を引くのに使うようですよ」


「ほう?それをどうするのだ?」




「貰った娘は、自分の鏡や小物箱に付けているのだそうです。貴族のようで嬉しいそうです。母の故郷のバークレーで、凝った細工物にしてはどうですか?ドット子爵とは隣の領地で、昔から懇意にしています。信用出来る人ですよ」




「ふうん。一度見に行ってみるかな……」




 試しにそのくずダイアモンドを使って、バークレーで細工物を作ってみた。思ったよりずっと見栄えがする小物になった。これは売れると、私の商売のカンが囁いた。




「ペンや、扇や、ちょっとした持ち物にも付けるといいと思いますわ」


 なるほど。さすが王女様だ。貴族の望む物、虚栄心を満たす物、方法をよくわかっている。




 ドット子爵は私と同い年でまだ三十代なのに、えらく落ち着いた人物だった。妻も迎えず、世捨て人のように暮らしているように見えた。そのくせ、商売だけはきっちりやっているようで、財産は相当だと見た。




 そういう男は信用出来る。




 そもそも、金がない男は信用できない。理念や信仰、家柄にはうるさいが、商売を軽んじて浪費ばかりする貴族が多すぎる。そういう人物に限って、困ると悪事に手を染めたり、安易に人を裏切ったりするものだ。




 だから、私は金を稼げない男は友人にはしない。




 ドット子爵はともに商売するに足る人物だと思った。とはいえ、初めての取引だ。入念な調査が必要だ。




「旦那様、ちょっと妙な事がありましたよ」


 なじみのギルドの調査員が言った。




 貴族家は独自の諜報機関を持つ家も多いが、我が家は商売の家だ。大袈裟な諜報機関を維持する費用も手間も惜しい。商売上のリスクを確認するだけなら、何でも請け負う商業ギルドの調査機関に頼めばいいのだ。




「何かあったのか?」




「ここ半年のドット領と、オートナムの金と人の動きを調査しました。ドットの領主様は、金や商売ではきれいなもんでしたよ。ただ、人の動きで気になる事がありました。領主邸に出入りしているうちの下請けの商人が、『おきれいな黒髪のお嬢様がいた』って、言ってるんですよ」




「ああ、フローリア妃を養女にしたからな。領主邸で行儀見習いをしてたんだろ?」




「でも、養女になったと言われる宿屋の娘は、ブラウンの髪だそうで」




「うん?宿屋には聞き込みをしたか?」


「はい。それで分かりました。でも領主様に支度金を随分貰ったようで、あまり口外はしないように、言われているようですよ」




「ほーお?宿屋の娘が領主邸の養女になったのは、村では有名な話じゃないのか?」


「相手は隣国の裕福な商人なので、宿屋の娘と知られないためだと言われたらしいです」




「うーん……?おい、それもっとよく調べてみろ。他に同時期に村からいなくなった娘はいないか。多少金をかけても構わん」






 結局、領主の養女は宿屋の娘ではない事が判明した。同時期に同じ年頃の娼妓が一人、死亡している。それが黒髪だった。




 話は簡単だ。王の側近のマクレガーが、役所やら教会やらの書面をいじって、死んだ事にされた娼館の若い娼妓を宿屋の娘に偽装して王都に連れて来たって事だ。それがフローリア妃の正体だった。当の宿屋の娘は、領主邸から隣国の商人に嫁いだ事にされている。




 王様は何て事をしてくれたんだ。笑いが止まらないぞ。商売をしていると面白い事に行き当たる。これだから止められない。金儲け以上の面白みがある。




「まあ、何て事!」


 妻は驚いていたが、私は何となく腑に落ちた。




 初めてフローリア妃にあった時、素朴な町娘とは何かが違うと思った。純情そうな所作と清らかな容姿。だが、違うのだ。これは、上手く説明が出来ない。何というか、この妃は”手が届きそうな”気がするのだ。王の寵姫に不遜ではあるが、男なら皆そう思うのではないか?




 いずれにしても、これはどこかで使えそうな手札になる。




 そして、一つ意外な事に、妻は本気でフローリア妃を支援している。




「王太后様だって、貧乏男爵家の娘でしたわよ。町娘や娼妓と何の違いもありませんわ」


 それはさすがに言い過ぎだと思うが、妻が本気で後ろ盾になろうとしているのは確かだ。フローリア妃は今、妻に言われるがままに茶会や夜会をこなしている。




 私が商売に精を出している間、妻は着々とフローリア妃の基盤を固めていた。さすがだ、王女様。




 妻は言う。


「上手く行けば面白い事になるし、駄目でもウィリアム陛下に恩を売っておけば、うちのオリバーがエドワード王子の側近になったり、お覚えがめでたくなることは間違いありません」


 その通りだな。




 平民出身、本当は娼妓だが、の寵姫の子が王太子になったら、面白いなと本気で思えてきた。いずれにしろ、我が家の金がなくなる話ではないし、むしろ上手くいけば儲けものだ。




 暫くは妻の自由にさせよう。




(それにしても……宿屋のブラウンの髪の娘、無事なんだろうか?)


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