第37話 ドット子爵
王がオートナムの視察に、しばしばドット領を訪れるようになった。
やがて面白い噂が入ってきた。美しい商人の若旦那が、娼館に足繫く通っているという。
王が娼館に出入りしている情報はすぐに入ってきた。領主邸に部屋を用意するというこちらの申し出を断って、町の宿屋に泊まるという。いくら一番いい宿でもそんな所に泊まってどうするのかと、誰でも思うではないか。調べさせるとすぐに事情が明らかになった。
娼館の主に確認してみると
「大分うちのフローリアがお気に召したようで。商人の若旦那様が、次に訪れるまでの時間ごと買い取ってくれました」
今この町でそんな事が出来る男は、一人に決まっている。
(誰に
フローリアには、何度か私の相手をさせた事がある。素朴だが美しい娘で、貴族の令嬢に慣れた身には魅力的に映るだろう。しかし、こんな事はいつまでも続くまいが。
だが、飛んでもない事が起こった。王の側近が何の用で訪ねてきたのかと思ったら、娼妓を養女にしろという。
「陛下は、ご側室に望まれています」
まさかと思ったが、どうやら本気のようだ。マクレガー子爵は、娼妓であるフローリアを町娘に偽装工作まで始めた。
私は幼い頃から好いていたエリスを諦めた。ドット領とエリスの母親の実家のバークレー領は隣同士だ。夏の避暑に訪れる彼女と親しくなり、いつか、妻に出来たらいいと心の底から望んでいた。
だが、子爵が側室腹とはいえ王女を娶るとは何事かと、あの王の母親が言ったのだ。ドット家は財産なら、公爵家にも負けない。ドット領は鉱山がいくつもある。父の後を継いだばかりだったが、堅実な商売で領地を守ってきた。それもこれも、やがてエリスを娶るためだった。
しかし、あの女がエリスの輿入れ先を決めてしまった。一回りも年上の貧しい伯爵家などに嫁いで、エリスに死ねというのか。何とか王妃であるあの女に取り入ろうと、私は必至に道を探していた。だが、そんな私を欺いて、あの王の母はその結婚話を進めてしまった。
私は何度も訴えた。
「陛下、お願いでございます。何とかお聞き入れを……」
私の言葉は、あの女には届かなかった。
明日は輿入れというその夜、エリスは本当に命を絶った。エリスの母親であるバークレー夫人は心を、病み閉ざしてしまった。
絶望を通り越して、私は自分が生きているのか死んでいるのか、分からなくなった。王都など二度と行くものかと、領地から出なくなった。それなのに、あの女の息子が視察訪問でドット領を訪れた。私は、奥歯を噛み締めて、王の前に膝を折った。
だがどうした事か、あの女の息子は王でありながら、娼妓を妻にするという。「身分の重要性」をあれ程説いた女の息子は、この様だ。子爵である私は、王女を娶る事を諦めたのに、だ。
王は私にフローリアを預けた。私は王がいない間、フローリアを抱いた。何かあの王に仕返しをしてやりたいと思ってした事だが、ただ空しくなるだけだった。
やはり、私にはエリスしかいない。何年経っても、エリスだけだ。
フローリアを王都にやり、間もなくガーランド伯爵がトッド領にやって来た。
「フローリア妃から、オートナムにはくずダイアモンドが沢山余っていると聞いたのですよ。バークレーでそれを使って小物細工をしたら、いい商売になるかと思ってね」
ガーランド伯爵夫人は王の命令で、フローリアの
ガーランド伯爵は、私に商売を持ちかけてきた。そんな物が売れるとも思えないが、伯爵の夫人はエリスの姉だ。これも何かの縁だと思った。
「伯爵様、是非よろしくお願いいたします」
私はガーランド伯爵と組む事にした。
一緒に商売をするという名目上、我々は頻繁にドット領で顔を合わせるようになった。不思議な事に、小物細工は飛ぶように売れているらしい。ドット領はお陰で潤った。
「フローリア妃は陛下のご寵愛が深くて、万事順調ですよ」
オードリー・ガーランド夫人は伯爵の妻ではあるが、王の姉でもある。自分の妹の自死と母親の心の病の原因は、王の母親のせいだ。複雑な思いがあるのは、見れば分かる。私にとっても、エリスの無念を共有できる唯一の相手だ。
「ほほほ。ご側室のお子が……王位を継ぐなんて事にでもなったら、大変ですわねえ!」
この棘のある言葉も、私の耳には実に心地いい。公爵家の娘を妻にしてやっと王になれたくせに、側室に熱を上げる馬鹿者だ。さっさと、公爵家から見限られればいいのだ。
私は、時折商談であれ程嫌だった王都を訪れるようになった。そんな時はガーランド夫人と共にフローリアを尋ねた。
フローリアには商才があるようだった。
貴族の婦人をよく観察していて、子犬の首輪や餌入れの細工物を提案してきた。平民にも貴族風の小物を安価に作ればきっと売れるといい、これも大当たりした。娼妓の頃はそんな目で見た事がなかったが、この娘は大変頭が良かった。
学はないが、観察眼と機転が群を抜いている。それが社交界では武器になる。
ガーランド夫人とは馬が合うようで、段々と夫人と雰囲気に似てきた。まるで親子のようである。我々は商売を通じて徐々に結束が固まっていった。フローリアが側室として社交界で着々と基盤を固め始めると、ある事を誰からともなく、自然に目指すようになった。
”西宮から、王太子を出せるかもしれない”
ガーランド家とドット家は、家格では公爵家に及ばないが、両家を合わせれば王太子の後ろ立てとして十分な財力がある。他に中立の高位の家門を派閥に引き入れれば、あながち無理な話ではないと思うようになってきた。
私は面白くなってきた。あの身分に劣等感のある王太后が、フローリアの産む側室腹の王子をどう見るのだろう?反対はすまい?自身も、元々側室で、どうせ自分の孫なのだから。
「はーっはっは!」
私は高笑いした。どっちにしろ、あの女と息子に一泡吹かせてやれそうだ。所詮貧しい男爵家の血を引く王なのだ。それに娼妓の血を入れて、高貴さなど欠片もない王室にしてやろうではないか。そして、王子は私の傀儡にしてやるとも。
(どうやら、フローリアは私の幸運の女神だったようだ)
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