第36話 魔塔の主の帰還

「フローリアがドルテアの生き残りの線は濃厚だな」


 ダービルが、薬師が報告してきた北宮の薬草の栽培リストを眺めながら言った。


「全部、魔法草だよ。薬草の中でも魔法に親和性があったり、薬以上の効果があるものばかりだ。植物の好きな側室が趣味で栽培するようなもんじゃない」




「あの女……どういうつもりだ!」


「ああ、動かないでよ、ティモシー」


 デルタに肩を掴まれた。俺はまだ、オートナムの魔法陣の上にいる。他にも有益な情報がないか探す必要がある。オートナムが終わったら、後宮と夜会の会場、王妃宮、片っ端から映像を見ていかないといけない。俺がいないと映像が見られない。厄介だ。




 これじゃ、いつソフィアの元に帰れるのか……。




「ティモシー、薬草の方は俺に任せてくれ。王子に使われた毒が、このリストで分かるかもしれない。事前に想定して解毒薬を何種類か作っておけば、多少安心だ」


「頼む!王子は魔塔のどんな薬でも解毒できなかった。何かそのリストに秘密があるかもしれない」




 魔塔の薬師が解毒出来ない毒薬なんて、想像がつかない。いったい、そのドルテア族っていうのはどんな民族なんだ。




「ティモシー、あんたの体に残る時空の魔法の残滓ざんしなんだけど、段々薄れていってる。おそらく、もって三、四か月ってところだな。その間にせいぜい研究させてもらうよ」




「ヘルガ、俺が戻って来た時間についてなんだが、魔導書によると戻って来たのは、そこに存在したすべてだ。『織物の糸を解くように』指定した位置に戻るとあった。だから、この先の出来事はおそらくもう一度糸を紡ぐようなものだと思う」




「ええ、今のあんたの体の残滓ざんしから読み取る未来と、実際に起こる事を比べてみようと思う。ちょっとした実験になると思うけど、幸い希望者が多くて人手は十分よ。そっちは、あたしが引き受ける。王子を助けた時、”どうなるのか?”当たりをつけておかないとね」




 毒薬については、ダービル、時間の探索は俺とデルタ、ヘルガは時間を遡った影響とこれからの未来の研究、三人三様の仕事だが、魔塔が一丸となって事に当たった。一人でやるつもりだったが、これだけの事をやろうとしたら、大変な事になっていたはずだ。




 公爵様には、少しずつ理解され始めた。最初は信じて下さらなかったが、今は全面協力をして頂けるということだ。この事件については、まだ背景がよくわかっていない。だから、一人でも協力者が多い方がいい。




 忘れていた訳ではないが、もう一人のS級魔導士がいる。




 普段は当てに出来ない男だが、やはり彼に帰って来て貰わねばならない。ソフィアの命を守るためなら、俺や公爵様同様に必死になってくれるはずの人物だ。




 ソフィアの二つ上の兄、グレッグ・デ・フォースリア公子。俺以上の変わり者で、留学と称して大陸中を飛び回っている。どこで何をしているのか、全く不明だ。公爵様も公爵家の頭数には入れていない。だが、今は一人でも優秀な魔導士が欲しい。思ったより、時間がないのだ。




 俺は魔法陣の上に座ったままで、ヘルガの方を見て言った。


「ヘルガ、グレッグ公子を探してくれ……」


 ヘルガがぴくりとした。




「……知らないわよ。あんなやつ!どこで何をしてるのかなんて、あんたの方が詳しいんじゃないの?」


「頼むよ。ヘルガ。ソフィアに危険があると言えば、必ず戻って来る。頼む!探して連絡してくれ」




 フォースリア公爵家は、エレンデールの国家が形成された時から存在する古い家系だ。元々貴族というのは、みな魔力があるものだった。時を経て、魔力がない者が多く生まれるようになった。だが、フォースリア家やその傍系では、今でも魔力持ちが多いし、高位の魔力を発現する者もいる。俺や公子のようにS級は珍しいが、これも古い家系ならではだ。




「グレッグは変わり者よ。どこにいるのやら」


「お前のその、ネックレス、それはグレッグとの連絡用じゃないのか?」


「……そのはずだったけど、もう一年も何の反応もないわよ!」




 ヘルガはグレッグ公子の恋人だ。変わり者に惚れたのは可哀そうだが、今はヘルガしかグレッグと連絡を取れる者がいない。




 ヘルガは覚悟したような目で俺を見た。スーッと息を吸い込み、そしてバカでかい声で、ネックレスの魔法陣に向かって叫んだ。


「グレッグー!ソフィア王妃の命が危ないの!どこにいるの!今すぐ帰って来てー!」




 ヘルガは、はあはあと肩を上下させている。


「やったわよ。ちゃんと伝えた。戻るかどうかはグレッグ次第ね」


「悪い。恩に着るよ……」




 これで、なるべく早く公子が戻ってくれればいいが……。




 その時だった。カッと部屋の隅に光が現れ、天井と床に見慣れた魔法陣が現れた。二つの魔法陣の間に光が廻り人影となり、やがて、はっきりと姿が現れた。




「公子!」


「グレッグ!」


 部屋に居た者は、皆、幽霊でも見たような気になった。何しろ一年ぶりの生の公子だ。この魔塔の主が帰って来たのだ。




 ソフィアによく似た金髪と水色の瞳。長い髪を後ろで一つに結び、すらりと華奢な姿が美しい。くつろいでいたのだろうか?ゆったりとした部屋着のローブ姿のままだ。そして、開口一番叫んだ。




「ソフィアがどうした!なぜ命が危ないのだ!」




 公子はシスコンだ。ソフィアのためなら、俺と一緒に死んでくれるだろう。頼もしい男が帰って来てくれた。




 恋人のヘルガには申し訳ないが、公子は妹のためなら戻ってくると思っていた。




 ***




 公子には、この事件のあらましと、これから俺たちがやろうとしている事を説明した。




 公子はこの一年、大陸を出て東の半島に行っていたらしい。魔法ではなく神術と言われる術を使う民族がいて、交流がほとんどない謎の地域だ。




「あまりに遠くて、魔法陣の効力が届かなかったのだ、ヘルガ。無視していた訳ではない。そろそろ国に戻ろうと、ほんの数日前に大陸に戻ったのだ。それで、今の連絡が聞こえたんだよ。悪く思わないでくれ」


 公子はヘルガの肩を抱き寄せて、髪に口づける。この人は、人前でもこういう事をさらりとやる。そのせいで、ヘルガも放置されても思いを吹っ切れない。




「ティモシー、よくやってくれた。必ず、ソフィアと王子を救う!君らは引き続き、今の仕事を続けてくれ。私は、少し陛下の周辺を調べてくる」


 公子はそう言うと、また移動の魔法陣を敷いた。


「ヘルガ、すまないね。一度公爵邸に戻るよ」


 ヘルガの手の甲に口づけて、魔法陣で転移して行った。




 ヘルガは複雑そうな顔で、その魔法陣の残滓ざんしを見つめていた。

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