第27話 紹介の儀

ガーランド伯爵のくずダイアモンドをちりばめた小物は、飛ぶように売れた。その上最近は、平民向けにダイアの量を控えた小物を作って売り上げを伸ばしているそうだ。貴族的雰囲気というのは、平民の大好きなものだからだ。貴族向けには平民と差別化して、特別注文のオーダー品も扱っているという。




 きれいな物が好きな貴族夫人の間では、飼っている子犬の首輪にダイアモンドで子犬の名前を書くという特注が流行っている。知り合いの貴族夫人などは、私に愛馬のデルフィーナの馬具を注文してはどうかと進めてきたくらいだ。




(きっと、オートナムも潤っている事でしょう)




 元々販売出来ないと放っておいたダイアだ。こんなに売れるなんて誰も思っていなかったに違いない。ドット子爵は幸運だったと言える。それがフローリアの案だという事は、段々と周りにも知られていった。それは側室として、株を上げているという事だ。




 社交界でもフローリアは活動の場を広げていた。もう介添え人シャペロンという立ち位置ではないが、ガーランド夫人が一緒にいる事がよくある。まるで、新しい派閥が出来たようにもみえる。本人たちも美しく、関わっている事業が貴婦人の琴線に触れるものであるため、とても華やかな派閥の体をなしていた。




「何だか面白くありませんわ」


 正直なところが魅力だが、ローレンはあけすけにものを言い過ぎる。シンクレア伯爵夫人が窘めてくれるかと思ったが、彼女まで同調した。




「本当ですね。何だか、後宮で我が物顔でお茶会をしょっちゅう開催しているみたいです。新作の発表会だか何だか知りませんが、面白くないのは事実ですわね」




(フローリアは、着々と基盤を固め始めたということ?)




「悪い事ではないですよ」


 私は分別臭く、心にもない事を言ってみた。




「本当にそうお思いですか?」


 ローレンは言う。




「だって、事実ですもの。それに彼女の派閥が幅を利かせたところで、私に害がなければどうでもいい事ですからね」


(もうウィリアムの気持ちにも、興味がないし……)




「そうでしょうか。実はお耳に入れるか迷ったのですが……。側室様方から伺ったのですが、西宮では手狭だと言って、非公式に北宮も使っておられるそうです。このままでは、ムーンガーデンまで浸食しそうだと、ご心配されておいででした」


 シンクレア伯爵夫人の言葉に、ローレンは益々怒りを募らせていく。




(またなの?なぜフローリアはこうもルールを侵すのかしら?)




「それは本当ですか?」


「はい。後宮の管理官や召使いにも探りを入れましたが、事実でした。国王陛下が許可をされていらっしゃいます。非公式なのは、一時的な物置という名目だからという事です」


(だから、私にも報告がないのね)




「何をそんなに、場所が必要なのかしら?」


「きっとドレスですわ!フローリア妃は、毎週仕立て屋を呼んでいますもの。最初はドレスがないから仕方ないと思っていましたが、もうこれ以上作ると置き場がないはずです」


 ローレンは、どうやらフローリアの諜報活動までしているようだ。




(そろそろ、急いだ方がいいかもしれない)




 父公爵とは『夜の帳よるのとばり』事件以来、ある計画を進めていた。それはエドワードの立太子だ。フローリアに子供が出来るのは時間の問題だ。公爵家の血筋が負ける訳がないが、念には念を入れた方がいい。




 フローリアはどうやったか知らないが、ガーランド伯爵夫人と完全に組んでいる事は明らかだ。このまま十年もすれば立派な派閥を作り、押しも押されぬ側室になる可能性が高い。ビアンカがけん制してくれる事を期待していたが、フローリアの言動は普通の貴族女性には想像を超えたもので、結局先手を取られる事が続いている。




(せめて、ティムと相談してからにしたかったわ)




 ティムが王宮を離れてから半年が経つ。魔塔に聞いても極秘任務だと教えてくれない。父もティムについては、言葉を濁す。だが、ムーンガーデンを取られてからでは遅い。今手を打たなければならない。




「夜会をします」




 私は、侍女たちに夜会の準備を命じた。




(次はお義母様ね。)




 義母からは、時々フローリアとガーランド伯爵夫人の件で呼びつけられるが、義母ですら二人には鼻を明かされる事が続いている。もう、義母も限界かもしれない。




「お義母様、夜会を開催いたします」


「どのような?」


「エドワードの紹介の儀です」


「……早いのではなくて?」




「いえ、これ以上遅れては手遅れになるかと……」


 ふーっとため息をついて、そして決意したように義母が言った。


「おやりなさい。私が付いておりますよ」


 パチンと扇を閉じて言った。




(初めて義母が頼もしく思えたかも……)




 義母にとってはライバルたっだ側室の娘と、息子の基盤を揺るがす女が既に敵として認定されている。許可は得られると思ったが、応援までされるとは思わなかった。




(最近のガーランド家の羽振りの良さは、カンに障るでしょうね)




 紹介の儀は、王子に臣下を紹介するというもので「王太子の決定」と同義だ。本来は王である陛下が指名する建前があるが、ウィリアムの後ろ盾はフォースリア公爵家なのだから、反対する理由がないし男子は今、エドワードだけなのだ。




 王太子以外の王子は、十七歳の成人の時に社交界にデビューする。三歳の紹介の儀は異例と言えば異例だが、ウィリアムも五歳で紹介の儀を行ったのだから、文句を言う筋合いもないはずだ。




 ないはずだったが、ここでウィリアムの協力な妨害が入って来た。






「王妃、どういうつもりだ!私に相談なく!」


 先ぶれも、ノックもなく執務室に飛び込んで来た。




「陛下、いきなり失礼ですわ」




「どういうつもりだ。紹介の儀など、エドワードはまだ三歳なんだぞ」


「あなたは五歳でしたわね」


「そっ……!それはそうだが、私に断りもないのはどういう事だ」


「ご不満なのでしょうか」




「そんな事は言っていない。私の指名もなしに、なぜ紹介の儀が行われるのだ?」


「お手を煩わせるのが申し訳なかったので、夜会の準備が出来てから、最終確認に伺うつもりでした」




「最終確認だと?」


「ええ、陛下の最初の男子の子供はエドワードだけですし、指名は当然の事ですから」


「私の指名はどうでもいいと言うのか!」


「他に誰を指名されるおつもりなのでしょう?」




 言葉に詰まったウィリアムは、これ以上ない程、私を憎々しい目で睨んだ。さすがにこれには慣れない。




(もうすっかり、陛下には期待していないつもりだけど、傷つくわ……)




「私は認めない」


 この言葉にも胸がチクリと痛んだ。私の事はともかく、エドワードはたった一人の息子なのに。


「もう、評議会での内定はしております」


「……そなたが、私を裏切るとは思わなかったぞ」




(はい?先に裏切ったのは、どなた?)




「陛下、私たちの最初の男子の子が、王太子になるのです。何のご不満があるのですか。私こそ、そのお言葉、胸に刺さります……」




 ウィリアムは、乱暴にドアを自分で開けて出て行った。




(予想はしていたけど、本当に反対するのね。秘密裏に進めて正解だった)




 もう、ウィリアムの言葉には心は痛まないと思っていたけれど、そんな事はなかった。側にいた副官や侍女も、唖然としている。王妃の産んだ子の立太子を国王が反対するのだ。




(また、どこかで噂にならなければいいけど……)


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