第22話 もっと情報を

夜会が終わってから、私は一人で考えた。今日の事、今までの事、なぜこんな状態になっているのか。そもそも、ウィリアムは昔からこうだった?




(よく考えて。そう、違うわ。オートナムへ行ってからだわ……)




 夫が、女性に甘くて身持ちの悪い男性であるのは、知っている。これは、結婚する前から分かっている事だ。新しい女性に夢中になるのも、分かる。彼女が魅力的で、今はきっと抗えないのでしょう。でも、本当にそれだけなのだろうか。




「けち……」




 王妃の背中に言う言葉ではない。




 はっきりと分かった。フローリアはウィリアムが言うような繊細で傷つきやすい、純粋な町娘ではない。彼女の言動は、最初から違和感があった。王宮にまだ慣れていないからだと思っていたが、そういう事ではなかったのだ。




 あの言葉ひとつに、彼女の醜悪さがにじみ出ていた。だが、それを誰も知らないのだ。清く汚れない乙女のふりで、夫も周囲も惑わされている。側にいたガーランド伯爵夫人には聞こえていたのだろうか?




(もっと私が本気で、情報収集をしなければならないんだわ)




 もちろん父公爵が今も調査を続けているのは分かっている。ただ、私はフローリアの人となりについて、もっと調べる必要がある。二人の出会いはウィリアムが宿泊している宿に、近くの宿屋の娘フローリアが手伝いに上がったのがきっかけだと聞いている。




 それは、誰が調べても事実のようだが、彼女がどんな人なのか実は誰もよく分かっていないのではないか?




 ***




「今日は乗馬に行きます」


 乗馬がしたい時は、王宮の馬場がある場所まで馬車で訪れる。私の愛馬「デルフィーナ」にも最近会っていない。侍女たちも良い運動になると勧めてくれたので、午前中は乗馬をする事にした。




 厩舎に行くと、顔見知りの馬丁のグリッドが迎えてくれた。


「王妃様、ようこそおいで下さいました」


 赤い髪の人懐こい雰囲気の青年で、私の愛馬の世話をしてくれる。公爵家から連れて来た青年だ。




 しかし……彼の本当の仕事は私の諜報担当だ。


「グリッド、久しぶりね。デルフィーナの機嫌はどう?」


「最近王妃様がいらっしゃらないので、寂しそうですよ」


「ふふ。そういえば、あなたにも最近休みをあげていなかったわね。少し実家に帰ってはどうかしら?」


「……ありがとうございます。母が喜びます」


 すれ違い様に素早く手紙を託した。




『オートナムでのフローリアの人となりを調べなさい。直接彼女と接した、オートナムの住人の話を聞いてきて』




 グリッドはきっと上手くやってくれるだろう。


 私は、デルフィーナを走らせて、ローレンと共にしばし乗馬に夢中になった。






 暫くは、情報待ちの状態だったので、私はいつもの通り仕事で忙しくしていた。義母からの呼び出しがあったが多忙を理由に一度断っていたのだが、再度呼び出しされた。




(さすがに、行かないといけないわね)




 離宮までは馬車で十五分程度なので、面倒がる程の距離ではないが、色々と気が重い。これ以上厄介事を持ち込まれるのはご免だった。それなのに、予想通り厄介な事を義母は言い出した。




「フローリアの介添え人シャペロンを変えてください」




(はい?)




「あの、お義母様、なぜでしょう?」


「オードリーは、シンシアの娘です。私が面白い訳ないでしょう!」


 激しく鳥の羽の扇を動かして言った。




 オードリー・ガーランド伯爵夫人は、先王の側室であるシンシア妃の長女だった。マーガレット王太后が王妃に即位する前は、同じ側室で先王の寵を争った仲だ。とは言っても、順列はシンシア妃の方が上だった。


 ただ、シンシア妃には王女が三人いるだけで、男子を産んだのは、マーガレット王太后だけだった。




 先王の最初の王妃は子供を産まずに、若くして亡くなった。暫くは王妃不在の状態が続き、シンシア妃がその役割をしていた。本来はシンシア妃が上なのだが、義母も男子が産まれた事で欲が出たのだろう。二人の仲は良くなかったようだ。


 そんな時に、先王が病に倒れ、急遽ウィリアムが王太子に指名され、その流れでマーガレット妃が立后した。




 先王の最初の王妃が長生きされていたら、ウィリアムが即位出来たかどうかわからない。


 先王は伏せがちで長く病に苦しんだが、私の祖父が摂政を務めた。先王はウィリアムが十七歳の時になくなり、そのまま彼は即位した。




「私とシンシア妃があまり反りが合わなかったのは、あなたもご存じでしょ」


「はい。ですが、陛下が直接ガーランド伯爵夫人にご依頼されましたので。それに未婚でもない女性の介添え人シャペロンは、簡単には見つかりませんわ」




「ウィリアムには、あなたから言ってくださる?」


 有無を言わない人だが、自分の息子にそれを言うのは嫌なようだ。




(ああ、本当に面倒だわ。また、陛下と言い争いをするかと思うと、頭が痛いわ)




 ウィリアムとは極力顔を合わさないように暮らしていた。朝食もどちらからともなく、共にする事がなくなっていた。だから、仕方なく私から朝食の誘いをした。




「珍しいな……」


 ウィリアムは表情を変えずに言った。


(確かに、私と食事をしてもあまり嬉しくはないわよね)




「フローリアさんの、介添え人シャペロンの事です」


 なるべく感情を込めずに、さらりと切り出した。




「……何だ?」


「お義母様がお気になさっておいでです。ガーランド伯爵夫人とは、あまりお親しくはないですから」


「私の実の姉だぞ」


「ええ、そうですね。でも、お義母様から見たらそれだけではないですから」




 王太后とシンシア妃の争いについては、正直ウィリアムも私も幼過ぎてよく覚えていない。父や周囲から聞かされる程度だが、今はシンシア妃は心を病んで、実家のバークレー領に引き籠っているという。その原因が王太后なのだ。




「それに、既婚の女性に介添え人シャペロンが付く事はありません。社交の場でも、そろそろ違和感がありますわ」


「慣れないフローリアを追い詰めて楽しいのか?」


 何て目でウィリアムは私を見るのだろう。




(私は敵ではありませんのよ、陛下……)




「お義母様のご要望ですわ。それでしたら、私からはもう何も申し上げません。お義母様とご相談下さい」




 そのまま私たちは、無言で朝食を終えた。




(また、私の脈が乱れたとルイスに叱られるわ)


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