第16話 歓迎のお茶会
フローリアが後宮入りしてからは、ほとんど顔を合わせる事がなかった。彼女はビアンカやアリアドネとは違って、自らお茶会を開催して友人を招く事もないし、私が招かれる事もなかった。私はこれは平穏なのだ、と理解していた。
ウィリアムとの朝食の同席ルールは継続されたが、三回に一回はキャンセルされたので、これも私の精神には良い効果をもたらしていた。ルイスとティムからは、「我慢は禁物」と厳しく言われている。健康のためにも、ウィリアムとの接触は必要最小限にした方が良さそうだった。執務とエドワードの世話、義母の話相手で、もう私には十分な仕事量なのだ。
そんな私に、また義母のマーガレット王太后が面倒な事を言い始めた。離宮で義母と午後のお茶をしている時だった。
「ソフィア王妃、フローリアの事ですけど」
「はい?」
「お披露目やらデビュッタントは、ウィリアムに我慢してもらいましたが、このままでは、色々と不都合があると思いませんか?」
「どういう事でしょうか?」
「この先、あの側室だけ夜会に招かない訳にはいかないでしょう?簡単な、本当に簡単でいいと思うのですけれど、主要なご婦人方への顔見せはした方が良いと思わなくて?」
(ああ、ウィリアムに何か言われたのね……)
「近々、夜会の開催はありませんが……、その前にお茶会など開催いたしましょうか……」
「そう、そうね!そうして下さいな。ウィリアムにも色々我慢させてしまって、少しくらいは気持ちを叶えてやらないとね」
息子に甘いのはいつもの事だが、義母にはデビュッタントの阻止で協力してもらったので少しご恩返しをしておこうと思った。
結局私は、お茶会の開催を引き受ける事になってしまった。まさか、王太后にやらせる訳にはいかないから、仕方のない事ではある。だが、王妃宮でやるのはちょっと抵抗がある。
(後宮でのお茶会にしようかしら?)
ビアンカとアリアドネに相談すると、意外にも簡単に承諾してくれた。ガゼボのある中庭を会場にして、気の置けない方々への紹介をするお茶会を開催する事になった。二人が協力的だったので、比較的楽に準備が出来た。フローリアへは招待状を送り、彼女付の侍女から快諾のメッセージを預かった。
フローリアにもウィリアムが、二人の侍女をつけた。同じ年ごろの男爵家の令嬢と、子爵家の年嵩の未亡人だ。他の側室とは違い公務がある訳ではないので、能力よりも元平民であるフローリアの負担にならないような人物を選んだように思われる。
「王妃様、招待状は全てお返事を頂いておりますわ」
ビアンカが言った。
名目は春の花見のお茶会だが、実質はフローリアのお披露目だ。トラブルが起こりそうにない相手を厳選している。おそらく穏やかに終える事ができるはずだ。
「お二人にはご面倒をおかけしましたね」
私はビアンカとアリアドネに感謝を伝えた。
「とんでもありませんわ」
「そうですわ。当然の事ですもの。それに……あの方お部屋に籠りきりで、外に出る時は陛下とご一緒なので、私たちともほとんど顔を合わせる事がないんですの。あちらからご挨拶も頂いてないですし。こちらから挨拶するのも何かちょっと……」
アリアドネは大分含む所があるようだ。
「あなた方とも接点はないの?」
「全くないですわ。陛下ががっちりとお守りでいらっしゃって」
ビアンカは呆れたように言った。
「そう。では、お茶会で親しくお話出来るといいですわね」
ウィリアムがフローリアを気遣っている事は知っていたが、後宮までガードしていたとは。確かに後宮での寵の争いは物語ならよくある話だが、実際は側室とはいえ正式な妻である。むしろ順位や立場が明確なので争い事態が無駄である。
権力のない寵愛など、何の意味もないと側室自身がよく理解しているのである。
(ウィリアムは、恋物語の読みすぎではないかしら?物語の中の悪役の王妃ぐらいに、私の事を思っているのではなくて?)
****
お茶会の当日はお天気に恵まれた。春の花が美しく、会場はビアンカの好みで美しく設えた。お昼過ぎの午後の一番穏やかで美しい時間で、招待客たちは社交に長けたご婦人ばかりだ。どう考えても問題など起こりそうにないお茶会のセッティングである。
後宮での開催なので、今日はビアンカとアリアドネの二人が
「皆さまようこそ」
美しく朗らかなビアンカが、考え抜いた席次で皆を誘導していく。アリアドネもビアンカの補佐に慣れてきており、万事順調な滑り出しだ。
少し時間に遅れて、フローリアが到着した。今日も白いドレス。ふわりとした少女らしいジョーゼットの素材が彼女の黒い髪を引き立てて、ため息が出るほど美しい。ビアンカやアリアドネとは違った美しさで、三人が並ぶと百花繚乱である。
(本当にウィリアムは……面食いですわね)
「まあ、王妃様をはじめご側室の皆様が揃うと、花が霞んでしまいそうですわ」
リンドバーグ公爵夫人が上手く話しを振ってくれた。
「この度は新しい側室のフローリアさんを迎えまして、誠に後宮が華やかになりました」
私の言葉を受けて、フローリアに視線が集まった。
「……」
フローリアは視線を受けても何も反応がない。側付きの侍女から軽く合図を受けていた。
「あ、はい。お招きありがとうございます」
(こんな振りは想定問答になかったのかしら?)
「ええ、今日はご一緒に楽しい時間を過ごさせて頂けそうですわ」
ビアンカが助け船を出してくれた。
「あ、そうですね。嬉しいです……」
ビアンカもアリアドネも、もちろん私もどう彼女に会話を振っていいか、戸惑ってしまう。
おどおどしている訳ではない。むしろ堂々としていて、むしろ相手の話に合わせて振舞う気がないようにも見える。初めての社交だから、平民ならこんなものなのだろうか。
だがフローリアの言葉で、和やかなお茶会の場が凍り付いた。
「あの、私、後宮って怖い所だと聞いていたんですけど、皆さんお優しいんですね。特に王妃様が怖いと聞いていたのですごく心配していたんです」
美しい顔でにっこりと微笑みながら、堂々とそう言った。
さすがにビアンカも固まっている。アリアドネなどは、空を見上げてしまった。
(私は……何と言えばいいの?)
恐ろしく長い沈黙の時間に感じられたが、ウィリアムの側近のオルター侯爵の母である、クレア・オルター夫人が沈黙を破ってくれた。
「まあ、フローリア様、王妃様もご側室様方も皆様、お心映えの素晴らしい方ばかりですわ。そうでないと陛下の伴侶には選ばれませんもの。皆様で陛下をお支えしているのですわ」
(ああ、オルター夫人、助かりましたわ)
「そうなんですね。ウィルがいつも大変だって言っているので、私も心配してしまったんです」
無邪気なフローリアに、もう誰も対処の方法を思いつかなかった。
(ウィリアム、あなたは新しい側室に何を吹き込んでいるの?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます