第17話 怖い王妃様
結局、歓迎のお茶会は散々なものだった。特に私にとっては。
フローリアの受け答えは、一般的な貴族にとってはどうにも対応出来ないものばかりだった。王妃を正面から怖いと言う神経も、公式な場で陛下を愛称呼びする事も、どう注意して良いかわからなかった。
ビアンカもアリアドネも完全に消耗してしまった。名のある婦人ばかりだったので、皆新しい側室との接点を期待していただろう。だが、接点を持つという考え自体が無理なのだと気づかされたのだ。
フローリアは悪人ではないだろうが、決して良い人格とも思えなかった。一体、ウィリアムは彼女のどこにあれ程惹かれたのだろう。確かに素晴らしい美貌ではあるが、ビアンカもアリアドネも絶世と言って差し支えない美人である。容姿だけではない何かがあると思っていたのだが、それは買いかぶりだったようだ。
「一つ我慢するごとに、マナの塊ができますよ」
私はティムの言葉を思い出した。
(我慢しない方法があるなら、誰か教えてくれないかしら?)
私は取り合えず、義母の要望には応えたしやるべき事はやったと思っていた。これ以上フローリアに煩わされる事もないと思っていたのだが、その考えは甘かった。
「王妃、フローリアから聞いた」
久しぶりの朝食の席でウィリアムが言った。
「何をですか?」
「お茶会を開いたそうだな……」
「ええ、お義母様から仰せつかりましたし、そろそろ紹介の席があってもいいと思いましたので」
「そなた、もう少し時期を考えられなかったのか?夫人ばかりの集まりで、社交の経験のないフローリアが困るとは思わなかったのか?私もいない席で、フローリアがどんな思いをしたか……」
(はい?)
「何か良くなかったのでしょうか……」
「はあ……!良くないに決まっているだろう。フローリアは緊張して前日は眠れなかったそうだ。当日も、皆が何を話しているかわからず、会話も出来なかったそうではないか」
「そんな事はありませんわ……。皆様、親しくフローリアさんに話しかけてくれましたし……」
「王妃様が怖かったと言っていたぞ!」
(え?)
「……私は何もしておりませんわ!」
「そうだろうとも。何もしてやらなかったのだろう?あれ程、気遣ってやってくれと頼んでいたのに……。そなたには無理なのだろうか」
「……フローリアさんは何ておっしゃったのですか?」
「王妃様が話すたびに皆が自分を見る、と。そなた何を言ったのだ?」
心臓の音が大きくなってきた。
「フローリアさんが話しやすいように、お話を上手く振ったつもりでしたが……」
「それが余計なのだ!フローリアが名だたる名家の夫人たちと、話が合う訳がないだろう!」
「では、陛下はフローリアさんをどうされるおつもりなのですか?このまま、後宮で社交をさせないおつもりですか?」
「そんな事は言っていない。物には順番があると言っているのだ!」
ウィリアムの口調がどんどん強くなる。それと同時に私の心臓の音も強くなっていった。
(私が悪いというのだろうか?)
「お義母様から、夜会へ出る準備が必要だと言われました……。いきなり出す訳にはいきませんでしょう?」
「それは、私が考える。そなたは、今後余計な事はしないで欲しい。フローリアは繊細だ。傷つけないでやってくれ」
「……承知しました」
私は、テーブルの皿を投げつけたい衝動にかられた。正直、これ程の怒りを感じる事など今までなかった。そして、自分の中にこんなに強い感情がある事に驚いた。
(ティム、あなたとの約束は守れそうにないわ……)
朝食の席から直接医務室に向かった。心臓が破けてしまいそうだったからだ。シンクレア伯爵夫人も心配して同席してくれた。
ルイスが私の脈を取りながら、険しい顔をして言った。
「王妃様、どうされたのですか……。ご気分が悪いのではないですか?」
「そうね、ちょっと陛下と言い争いをしてしまって……」
席を外していたティムが戻って来てくれた。
「王妃様、朝からどうされたのですか?」
「ちょっと、心臓の具合が悪いの。診て頂ける?」
ティムはすぐに私の手を取り、ルイスと同じく険しい顔をしながら魔力を流し始めた。すぐに体の中に清水が流れるように落ち着いてくる。この静かな流れは、まるでティムの優しさに似ている。静かでそっと寄り添うように、私を癒していく。ウィリアムの荒々しい言葉とは正反対だ。
「今度は何を言われたんですか?」
ズバリと言われて、ドキッとした。
(何でわかるのだろう……)
「王妃様、陛下が王妃様に強く当たられているのは、側近なら皆存じております。私どもの前では、ご無理をなさらなくて結構ですわ……」
シンクレア夫人が優しく労わるように言ってくれる。
「私はどうすれば良かったのかしら?」
私は良かれと思って、王妃の務めと思って、行動している。でも、ことフローリアに関しては、毎回ウィリアムの怒りを買う結果となるのだ。何もしなくても、何かをしても、きっと彼は私を責めるような気がする。
(まだ、フローリアが来てから二月しか経っていないのに……)
「私は、怖い王妃様らしいの……」
絞り出すように口にした。言いたくないけれど、自分の中だけで持っているには、辛すぎる言葉だったのだ。自分の最善が踏みにじられた気持ちだった。努力して行った事が、余計な人を傷つける行為だと言われたのだから。労わってもらわなくてもいい。けれど、私は彼らの敵なのだろうか?
「王妃様、少し、療養に行かれてはいかがでしょうか。王子様も最近は落ち着いておられるので、ご一緒しても問題はないと思います。海の側の別邸で療養されては?季節も良い時期ですし」
ルイスが提案してくれた。
「そうですわ。皆で海を見に参りましょう。きっとお心も晴れると思います」
シンクレア夫人は手を打って賛成した。
(そうね、少し、王宮から離れたいわ……。ここに居てはもう心臓がもたないもの)
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