第13話 仕立て屋を取られる
連日義母がウィリアムの所を訪れていると聞いた。
「王妃様、王太后様もかなり手こずっていらっしゃるそうですわ」
リッチモンド男爵夫人が教えてくれた。義母からすれば私をけん制するために、多少の側室がいるのは都合がいいだろう。だが、先日の話で事の深刻さに気付いたようだ。フォースリア公爵家との関係にヒビが入っては元も子もなくなる。
そのため義母は、デビュッタントの阻止に奔走してくれているようだ。父の公爵からも、夫に苦言を呈してくれている。さすがに義母と後ろ盾の公爵を無視は出来ないはずだ。
(本当は、義母を使うような真似はしたくなかったのだけど……。今更言い訳しても無駄ね)
「新しい方は、来月お見えになられるそうですわね」
マチルダ嬢が教えてくれたが、私自身は聞いていない。
「どうして知っているの?」
私は驚いて聞いた。
「マクレガー子爵に聞いたんですわ。というか、問い詰めました。オルター侯爵は絶対に口を割りませんでした。もう絶対、私の友人の紹介はいたしません」
侍女たちの人脈で助かっている事も多い。今回は本当に内内でも情報が少ないので、私も父も苦労している。というより、私の耳に入らないようにされている気がしてならない。
(なぜ、ウィリアムはこれ程、私を警戒するのかしら……?)
西宮の改装も完了している。オートナムには、王都の仕立て屋が直接赴いているらしい。色々と前代未聞の側室なので、これくらいではもう驚かなくなった。でも、その姿を知っているのは限られた側近のみなのだから、自然と想像を逞しくしてしまうのだ。
(若くて可愛らしい……とマクレガー子爵は言っていたわね)
「相当お美しいらしいですわよ」
マチルダ嬢は忌々しそうに言い放った。
(まあ、それはそうでしょうね)
「王妃様、ドレスを仕立てましょう。王妃様の本物の威厳というものを、周囲にお見せしなくてはなりません」
ローレンにも言われていたが、それには私も賛成だった。今更若い側室と張り合うつもりはないが、立場をきちんと示しておかなければ後々面倒な事になるというものだ。
「ええ、あまり時間もないので仕立て屋の手配をお願いします」
「リッツパール夫人を呼びますわ!最高のドレスを大急ぎで仕立てましょう」
マチルダがローレンと噂していた店だ。今の王都の流行りらしい。
その日の午後の休憩時間、マチルダと一緒に休みを取っていたローレンが血相を変えてやって来た。
「王妃様、大変です」
「まあ、そんな大きな声をあげるなんて、お行儀が悪いですわ」
リッチモンド男爵夫人が注意してくれた。
「大変な事が起きたんですもの!リッチモンド夫人もきっと驚きますわよ!」
「まあ、何が起きたの?」
私は呼んでいた本をテーブルに置いて聞いた。
「リッチパール夫人が、オートナムに行って王都にいないそうです!」
(え?オートナムに行った仕立て屋って……)
さすがにこれは驚いた。王都で一番人気とされている仕立て屋だ。そのオーナー夫人が直接出向くとは。まさか、ウィリアムが依頼したのだろうか。
「仕立てを頼んだら、宮殿には来られないって言うんです。だから、直接出向いて話を聞いたところ、リッチパール夫人がオートナムに行っているっていうじゃありませんか。じゃあ、こちらはどうするのかと聞いたら、他の針子を寄こすって言うんですよ!」
「あり得ませんわ!」
私の気持ちを、リッチモンド夫人が代弁してくれた。
「代理だなんて……。悔しいではありませんか!」
ローレンは悔し涙を浮かべている。
でも、元々依頼していたわけではない。あちらが先に声をかけたのだから、リッチモンド夫人の店の責任ではない。ただ、側室がオーナー夫人に直接対応されて、王妃の私が代理の針子に対応されるわけにはいかないのだ。
「では、他の店にいたしましょう。そうね、デイル夫人の店も老舗です。そちらに依頼して」
「でも、王妃様……」
「仕立ての腕は確かです。私の花嫁衣裳を作ってくれたのですからね」
「はい……」
マチルダとローレンは渋々デイル夫人の店に向かった。
リッチモンド男爵夫人は、気遣って心を落ち着けるハーブのお茶を入れてくれた。温厚な人柄で信頼できる人なので口には出さないが、夫人も相当腹が立ったようだ。
(でも、目当ての仕立て屋に頼めなかったからといって、文句を言うわけにはいかないわね)
暫くお茶を飲みながら雑談をして、私は執務に戻った。最近はエドワードの夜泣きがほとんどなくなり、ちょっと顔を見せて絵本を読んでやるだけで眠りにつけるようになった。私も精神的に楽になったのは事実だ。夫のウィリアムとは、デビュッタントの話以来、顔を合わせていない。
(忘れたくても、今日のようにどうしても意識せざるを得ない時があるのよね)
実は、今日のリッチパール夫人の件は、今後の自分を象徴しているような気がして気が重くなった。間が悪いというか、知らず知らずに立場が貶められるかもしれないという予感。もちろん、王妃の私を貶める事など誰にもできない。たとえ国王である夫であっても、だ。
そんな事をつらつら考えていると、執務が進まなかった。書類をめくる手が進まないので、手伝ってくれる副官が私をちらちらと見ている。ため息を堪えて、書類に再び目を落とした。
「王妃様、ロッドランド卿がお見えです」
ドアの外から取次の声がかかった。
「入って頂いて」
何か起きたのかしら?まさか、エドワードに何かあったのだろうか?
「ティム、どうしたのですか。エドワードに何か?」
私は緊張して聞いた。
「いえ、少し王妃様のご体調を確認させて頂きたくて……」
(私……?)
今日のティムはいつもの魔導士らしいローブではなく、普通の貴族のような服装だった。不覚にも、美しいと思ってしまった。
「どういう意味ですか?」
「先ほど、リッチモンド夫人とすれ違いまして。お加減が心配になったのです。マナの御様子を確認させて頂いても?」
「……ええ、お願いします」
確かに、最近心臓の動きがおかしいかもしれない。頻繁にドキドキしているからだろうと思っていたが、健康に良い事ではない。
執務室のソファに腰かけた。ティムは跪いて私の両手を取った。スッとわずかに彼の魔力が入って来た。すると、心地よい水が流れるように体が楽になってきた。頭に霧がかかったような状態だったのが、今ならわかる。
(ああ、ティムの魔力は心地良いわ……)
そんな時、ふいに声がした。
「そなた、何をしているのだ?」
「陛下!」
ティムはゆっくりと立ち上がり、貴族らしく礼を執った。
「王国の太陽にご挨拶申し上げます」
「そなた、人の妻の手を取るために、王宮の専属になったのか?」
(陛下!……あなたにそんな言われ方をされる筋合いはないわ!)
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