第10話 魔塔での直診

私はウィリアムに面会を申し入れ、すぐに執務室に向かった。




「王妃、どうした?」


侍女や宮廷医師にも口止めをしたし、取り次いでくれたマクレガー子爵や、報告に来ていた行政官たちも人払いした。外に広がっていい話ではない。




「エドワードの事です」


「何かあったのか?」


「夜泣きについては先日ご報告しましたが、原因が判明しそうです。マナが体内に溜まっているそうです」


「魔力はないのではなかったか……」




「はい。健康診断でも発現はなかったので……。宮廷医師が体内のマナが増えていると言い、魔塔に直診を依頼するかもしれません。今宮廷医師のルイスが、国家医師団と協議中です」


「それで、何が問題なのだ?」


「マナを対外に出す方法や鎮める方法がないので、体が耐えられない可能性があります」


命の危険について、言葉にするのが辛かった。




「……命の危険は?」


「このままでは、危険だそうです……」


自分一人で抱えるのが辛いせいか、私は早口で事情を伝えた。




「危険とはどういう事だ!宮廷医は何をしているんだ!」


ウィリアムが怒鳴った。


「陛下、外に聞こえます。お鎮まりください!」


私は小さな声で制した。


「これが落ち着いていられるか。王子の体に危険があると聞かされたんだぞ……!」


「ルイスが今調整しておりますので。魔塔に依頼する事になったらお許し頂けますでしょうか?」


王子の体を魔塔の魔導士が扱う事を、ウィリアムが許してくれるか心配だった。




「結果が出たら、ルイスと魔塔に直接話を聞く。いつわかる?」


「……急がせております」




「まだ、母上には言うな。どこに広がるかわからんからな……」




ウィリアムも衝撃を受けたようだった。




***




結局、魔塔で直診を受ける事になった。


国王夫妻が王子を連れて魔塔を訪れるなど、初めての事である。表向きは国王の視察として偽装した。




魔塔の中央棟に私たちは向かった。


「こちらでございます」


案内された場所には、白い石の寝台位の大きさの台がある。その隣に丸い台があり、光る石を埋め込んだ魔術具が設定されていた。




ティムの他にも高位と思われる魔導士が三人おり、私たちが入室すると跪いて礼を執った。


「王国の太陽、王国の月、王国の星、両陛下と王子様に魔導士、ヘルガ、デルタ、ダービル、ティモシーがご挨拶申し上げます」


代表と思われる女性魔導士ヘルガが、代表して挨拶をした。




「訪問に応じてくれて感謝する」


「本日の直診を行わせて頂くのは、S級魔導士、ティモシーでございます」




「王子様のお体に触れさせて頂く事をお許しください」


ティムがエドワードの前に進み出て、跪いた。


「許します」


予め教えたように、エドワードが拙いながらも、きちんと答えた。


ティムがエドワードを抱き上げて、白い寝台の様な石の上に座らせた。石の上には薄い寝具のような敷物が敷かれていた。ティムはエドワードと目線を合わせて、静かにこれから行う事を説明した。




「王子様、こちらの聖水をお飲みください。それから私がお手を取らせて頂き、お体のマナに触れさせて頂きます。何も痛い事や心配な事はありません。眠くなりましたら、そのままお眠り下さい」


エドワードがこくりと頷いた。




エドワードが聖水を飲み干したら、ティムがエドワードの左手を両手で包んだ。包んだ手が薄っすらと光るのが分かった。エドワードはその手をぼーっと見つめている。


「お苦しくはないですか?」


ティムが声をかける。


「うん、大丈夫……。眠い……」


エドワードが右手で目をこすり始めた。周りにいた他の魔導士がエドワードの体を横たわらせた。




ウィリアムと私は少し離れて見守っていたが、心配になってきた。


「大丈夫なのか……?」


ウィリアムがヘルガに声をかけた。


「はい、今ティモシーが薄く細く、王子様のお体に魔力を流しております。じんわりとお体が温かくなります。それで眠くなられたのでしょう」




「痛みはないのですか?」


私はエドワードが苦しい思いをしていないかが、心配なのだ。


「むしろ、気持ちがいいかもしれません。マナをティモシーの魔力が誘導して、全身に行き渡らせているところです。血液の速度と合わせて自然な速度で回しておりますので、目覚めましたら体が楽になられると思います」


「あなたには、それが見えているのですか?」


「……はい」




暫くの間ティモシーは横たわるエドワードの左手を、両手で握って魔力を流していた。そのうち、片手をエドワードの右手に伸ばした。


(何をしているのかしら……?)




「余分のマナをティモシーが右手から吸い上げております」


ヘルガが説明してくれた。


(心が読めるのかしら!)




私が驚いていると、にっこりと笑って言った。


「心を読めるわけではございません」


「やはり、出口がないのでしょうか?」




「魔力はマナが変化して外に出る時に魔力になります。王子様の場合は、大量のマナが体を常時流れており、エネルギーが過剰な状態になっておられます。それを外に出すには、エーテル体に外部へ開く場所が必要なのですが、王子様はそれが出来ておられません」




「エーテル体は、体を覆うエネルギー体ですよね」


「はい、マナの量は個人差があります。魔力に変換できる程マナ量がある人は、一定の量になるとエーテル体の一部が外部に開かれていきます。開かれる前に、急激にマナ量が増えたのかもしれません」




「いずれ、開くのだな?」


ウィリアムが聞いた。


「非常に珍しいケースなのですが、おそらくは……。ただ開かれるまで、慎重に見守って差し上げる必要がございますね」




「終わったのか?」


エドワードが、魔導士たちに助けられて体を起こしていた。ティムが魔道具にエドワードの指を当てて、魔力を測っていた。どうなったのだろうか……。




「魔力は発現してはいませんね」


ヘルガが言った。ティムがエドワードを抱いてこちらに歩いて来た。


「母様!」


エドワードが私に手を伸ばしてきたので、ティムからエドワードを受け取り抱き上げた。こんなに機嫌のいいエドワードは珍しい。




「どんな様子だった?」


ウィリアムがティムに状況を尋ねた。


「体内のマナ量が、この年齢のお子様とは思えない程増えておりました。また、マナが止まっている場所、動いている場所とまだらになっており、それが血流を邪魔していました」


「それが夜泣きの原因だったのか?」


「おそらくは。一旦全身にマナを回して、余分なものは私が吸い上げましたので、暫くは大丈夫でしょう」




「そうか。世話をかけたな。今後の事はまたいずれ改めて相談させてもらう。また、今回の謝礼も後ほど届けさせる」


「過分なご配慮感謝申し上げます」


魔導士たちが礼を言った。






帰りの馬車でエドワードはコロリと眠り込んだ。


エドワードは昼寝も苦手な子供なので、乳母も私も驚いた。夕食もしっかり食べてくれて、夜は泣く事もなく、今までの事は何だったのかと思う程楽に寝てくれた。そして朝までぐっすり眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る