墜ちたる最強天使は地の底から舞い戻る

永礼 経

第1話 『即断』


「お、お助け下さい!! 御遣様みつかいさま! この子はただ、妹を守ろうとしただけでございます!」


 村長が地に伏して懇願している。


「――村長、ありがとうございます。ですが、罪は罪。僕は自分の行いを恥じてはいませんが、罪には罰が与えられなければなりません」


 少年は毅然とした態度でまっすぐに立っている。


 少年の名は、ハンスと言った。

 ハンス。どこにでもある珍しくもない名だ。


 その少年を遠巻きで見ている少年たちの一団がある。さっきまで、ハンスの妹のフランを取り囲み、ふざけていた少年たちだ。


 ハンスはその様子を見つけて、その一団の中に入り、少年たちを追い払おうと手を振った。

 その手が少年の一人にぶつかり、その少年の顔が赤く腫れたのだ。


『その少年の行いの理由は問うていない。結果としてこの少年は一人の少年を傷つけたのだ』


 「御遣様みつかいさま」と呼ばれた存在が答える。

 その姿は、まるで、黄金色に輝く彫像のようでもあり、また、神々しく光る人のようでもあった。

 その声は男とも女とも違う明らかに異質な音で響き、感情の抑揚もなく、ただ、事実だけを告げる。


 この世界のことわりとして、「三つの禁忌きんき」というものがある。

 

 一つ、人を傷つけてはならない。

 二つ、人をだましてはならない。

 三つ、人からうばってはならない。


 これに反したものは全て『断罪』される。それを執行するものこそ、「御遣様みつかいさま」と呼ばれる存在だった。


「ですが――!」

なおも村長が地に頭をこすりつけて懇願する。


「――この少年も故意に傷つけようとしたものでないことは明白です。また、そうされた少年も、自分の行いを恥じ、罪に問う意識はございません! どうか――ご慈悲じひを!」


『慈悲、だと――?』


「はい! 神は全知全能なる存在として我ら人間をお創りなさいました。その御心みこころは温かく我ら人類を見守るものでありますでしょう。であれば、この少年の行動にも一定の正義があることはお認め下さるはず! どうか、その神の御遣みつかいたる「御遣様みつかいさま」のご慈悲をたまわりとうございます!」


『――正義、だと、お前は今言ったのか?』


「はい、少年の行動は、真に大切なものを守るためやむなく取った行動です。その心根はまさしく正義の心だと思われます! どうか! どうか、ご慈悲――」


 その瞬間だった。

 村長の首が地面に転がった。

 首は胴から離れ、その切り口から血飛沫が噴き出し、周囲に血の雨を降らせた。


「そ、村長さまぁ!」

「きゃあぁぁ!!」


 周囲を取り囲んでいた村民たちが口々に叫び声をあげる。


『この御遣みつかいに向かって正義を語るとは――言語道断。正義の番人たる我に正義を説くとは人間の分際で分を弁えぬ大罪である。よって、『即断』した。場合によってはこの村全てのものを堕落したものと断じ、制裁を加えねばならぬが、異論のあるものはいるか――』


 御遣みつかいの言葉に人々は震え上がり、声も出ない。ただ、恐怖に打ち震え、声を潜めるだけである。


 その中で、ただ一人ハンスだけが未だに臆せず、毅然と御遣みつかいの前に立っている。


「――御遣様みつかいさま、これ以上は必要ありません。僕は自分の罪を受け入れております。どうぞ、断罪なさってください。覚悟はすでにできております」


 ハンスはそう言うと、その場に膝をつき、首を傾けた。


『――ならば即刻、処断する。だんざいっ――!!』


 ひらりと御遣みつかいの腰から剣が翻る。その剣の軌道は正確に少年ハンスの首筋へと舞い降りた。



ギィィイイイン――――!!



 耳をつんざく衝撃音が突如として響いた。


 御遣みつかいの放った剣戟がハンスの首に触れる直前で停止している。


 そしてそれを押し留めているものは、金色に輝く刀身であった。


「まったく、融通が利かない野郎だ――。可哀そうに村長じいさんは間に合わなかった、か――」


『この金色の片刃剣――、まさかお前は――!!』


 御遣みつかいの声に明らかに動揺の響きが窺える。


「ああ、そのまさか、だ――。お前程度の下等天使が『即断』するなんて、どこまでおごれば気が済むんだ――? ったく、あのくそじじい――どういうつもりだ……」


『だ、堕天使ギルナレク・ウェルダー!! 御遣みつかいに対する不敬! 『そくだ』――』



 ギイン――――!!



 御遣いの言葉が終わる前にギルナレクの剣がひるがえると、御遣みつかいの首が吹き飛んだ。


 そしてほどなく、御遣の身体と吹き飛んだ首が煙のように消滅する――。



「『即断そくだん』はだぜ? 使用許可を取ってからにしろよ――」


 ギルナレクはそう言いながら金色の片刃剣を腰の鞘に納めた。

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