9弾 研修を受けてみよう

 ということで、説明は終わった。

 まるで、会社員時代に企画事業を行う際の初回の打ち合わせみたいだったな。

 受付を後にする。


 組合本部を出てから、メムが念話術で話しかけてきた。


(私との遭遇の部分は省いたのね。)


(まだこの異世界に来てそんなに立っていないのに、そんな色々しゃべれないでしょう。この異世界の人々が、俺たちの話を全部受け入れられると思いますか?)


(それもそうね、で、さっきの話の流れだと、私に首輪か鎖かをつけることになるの?)


 人目を気にしながら俺は念話術で答える。


(鎖はちょっと、首輪かリボンを買ってつけましょう。)


(まあ、美しい猫として、グランドキャットとして、ある意味認めてくれたんだしね。)


(……とりあえず、店を回ってみましょう。)


 まず雑貨店にて手頃な値段で、レモンのような黄色のリボンを購入したので、メムの首に軽く巻いて、蝶結びで締めてみる。


(メム様、これでいかがでしょうか?)


(まあ、悪くないんじゃない。)

 

 結構ご満悦のようだ。

 

 この後は、この街の魔法協会に移動し、魔術についての研修と能力測定の予定を確認し、翌々日に研修と魔術能力測定の予定を入れた。

 そして、あちこち街内をふらついているうちに、混雑が激しくなってきた。人混みがあまり好きではない。この異世界に来ても、その想いは変わらない。ただ、この先には何があるのかと様子見をすると、メムに服の袖を噛み引っ張られた。


(街の中を見回るのはいいけど、ここは、いわゆる歓楽街じゃないかしら。入ってみるつもり?)

 

 念話術で止められた。


(いや、街の中に門があったから何か特別な施設かと思っただけです。)

 

 門番に聞いてみる。


「ここは何の出入り口ですか?」


「歓楽街への出入り口だよ。本人証があれば確認後入れる。防犯とトラブル防止の門番だ。」

 

 無理して入る予定はないので門番に礼を言い引き返す。


(ふーっん、なるほど。賢明な判断ね。)


(まあ、いきなり行ってもトラブルに巻き込まれそうだし。)

 

 この後武具屋と衣料屋と道具屋を見て回った。この日は見て回るだけにする。商品と値段比較をするためだ。

 宿屋に戻り、翌日、翌々日の予定を立てる。


「よし、明日は武具屋と衣料屋で購入をしよう。翌々日は魔術協会へ行ってその後道具屋で購入をしよう。」


「ずいぶん用意周到なのね。これが個人特殊技能の『タイムマネジメント』のなせる技かしら。」


「ずいぶんと皮肉ですね。どのくらい金銭を稼げるかわからないし、お金は計画的に使いたい。メム様が大食いであることも、今後考慮に入れないといけないし。物を揃えるのに費用をうまく押さえておきたいので。」


「でも、一瞬、歓楽街に行ってみようと思ったでしょう?」


「この街がしばらくの拠点になるのだから、偵察をしとく必要があります。」


「歓楽街に行く理由を無理やりつけていない?」


「見るだけなら問題ないでしょう。」


「まあ。いいわ。しかし女神がこの猫のままだと少し不便ね。早く元の世界に戻りたいわ。」

 

 この元女神猫、ずいぶんとわがままおっしゃる。何かご機嫌斜めだな。


「明日もありますので、そろそろ食事、入浴、就寝といたしましょう。」

 

 メムが窓際から部屋のベットに行こうとしたら、偶然、机に置いた荷物が崩れ、リボンの余りが出てきて尻尾に絡みつき、一部の荷物でメムが埋まる。


「きゃー、きゃー、きゃー」


 と悲鳴をあげ、動きがフリーズする。


「大丈夫ですか、メム様。」


「お願い、動けないの。尻尾に何かつくと妙な感覚になるの。急いで取って。」

 

 もしかして、この立派な尻尾の先端あたりにリボンとか括りつけたら面白いことになるな。そう思いながら、荷物をどけて、尻尾に絡みついたリボンを外してあげる。


「絡まっていたものは取りましたが、気分はいかがですか?」


「はあ、ゾワゾワした気分ってこういう気分なのかしら。」


「まあまあ、メム様、気分を変えるためにも、食事、入浴、就寝にしましょう。」


 翌日には、衣料屋で衣類や下着類を、武具屋で中古品の軽鎧と籠手と脛当てとショートソードを買い揃えた。あとは、古布と古いクッションを買う。


「ずいぶんケチ臭くない。」


 メムが目を丸くして言う。


「メム様、節約は大事です。中古でも使えるものなら再利用ですよ。新品を買って、使ってみて合わなかったりしたらもったいないでしょうし。あなたの食費もかかりますし。メム様用に寝床も作ってみます。」


「そう言われると…ぐうの音も出ないわ。」



 その次の日は魔術協会へ行ってみた。

 正直魔法の世界なんて、前世じゃ小説やおとぎ話やアニメぐらいのものだ。自分自身に関わりがあるものとは全く思っていなかった。一応、ギルドで紹介状を書いてくれている。それを持っていざ魔法の世界へと。

 指定された木造りのドアを開けると、皆似たような黒いローブをまといフードを被り、誰が誰だかわからない。何だか邪悪な魔法使いのテンプレ衣装かと失礼なことを思いつつ声をかける。予定を確認したところは窓口だったのだが、組合本部と同じような窓口の感じだったのでより戸惑う。


「研修と魔術能力測定に参りました。ニシキ・ダンと申します。」


「ああ、少々お待ちを、はいニシキさんですね。」

 

 フードの中から予想外に若い女性の声がする。フードの奥でメガネが光っている。


「このグランドキャットは一緒でも大丈夫でしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ。でも、管理はきちんとして下さい。」


 と言われ、そのまま研修の場所へ案内される。この世界、ペット連れに意外と優しい。

 研修場所はまるで、前世での運転免許センターの更新講習の会場みたいだった。そこで魔術の研修が始まった。


 研修内容は


◯魔術とは『魔法』と『魔道具』の総称、それらを使って『魔素体』に働きかけて、事象を発動させることをいう。


◯魔術を発動させると、当たり前だが体力を消耗する。魔力は体力に関連しており、体力のうち魔術の使用に特化した部分になる。


◯魔素体に働きかけるために、ヒューマーの側で様々な図式を作っている。これを魔法式や魔法陣という。その魔法式の詠唱やその魔法陣を晒すことで、杖や道具等を媒介にして、発動させる。


◯火・水・風・土・光・闇の6つの属性があり火と水、風と土、光と闇の属性同士は基本打ち消しあう。個人で属性に合った魔法が一番威力が上がる。


◯気象、天候、地勢によって各属性の魔術の威力が上下することがある。


◯緊急時もしくは正当防衛以外の街中での魔術の使用は禁止


◯魔法、魔道具には失われたものもあり、発掘や研究中


◯魔法は、個人が、式や陣を詠唱し、杖を使い、事象を起こすもの


◯魔道具は、個人の属性にあまり左右されないが、うまく使わないと魔術事故を起こし、体に影響を及ぼすことがある。



 後は聞いていても分からなくなってきた………。

 そもそも研修を受けていた他の10人程度の方々は、生まれてからこの異世界の理をよく知っているようなものだ。つい数日前にこの異世界に降り立った俺にはまだ分からない事ばかり…こうなるとわかっていたなら、魔法の出てくる小説やアニメでも、しっかり見ておくべきだったか。

 ちらりとメム様に目をやると、よく寝ていらっしゃる。静かに爆睡中だった。本気で前世に戻る気あるのだろうか…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る