ラムネガール

@leonards112

「ラムネガール」

夏の暑い日差しが降り注ぐ商店街を、ひなのは軽やかに走っていた。彼女の手には、いつも愛用している青いラムネ瓶が握られている。ひなのは、どこへ行くにもこの瓶を持ち歩くほどのラムネ好きだった。ガラス玉をポンっと押して、しゅわしゅわと弾ける炭酸の爽快感がたまらなく好きなのだ。そんな彼女を、いつしか人々は「ラムネガール」と呼ぶようになった。


ひなのは今日も、商店街の片隅にある古びた駄菓子屋に向かっていた。そこには彼女のお気に入りの特製ラムネがあるのだ。この店のラムネは他のどこにもない独特の甘さと爽快感があり、ひなのにとっては特別な存在だった。


「おじいちゃん、また来たよ!」と、ひなのは駄菓子屋のカウンターに飛び込むように現れた。


「おう、ひなのちゃん。今日はどのラムネにするんだい?」と、店主の寂しげな目をしたおじいちゃんがにこやかに聞く。


「いつもの特製ラムネ、お願いします!」ひなのはにっこりと笑った。


しかし、その日はいつもと違った。おじいちゃんは眉をひそめ、ため息をついた。「実はな、もう特製ラムネを作るための材料が手に入らなくなってしまったんだ。あれを作ってた職人さんが、急にいなくなってな…」


ひなのはショックで声が出なかった。あの特製ラムネがもう飲めないなんて――彼女の胸は一気に重くなった。


「何か手伝えることはないの?」ひなのは心配そうに聞いた。


おじいちゃんは首を横に振った。「職人さんがどこに行ったのか分からない限り、どうしようもないんだよ。」


それを聞いた瞬間、ひなのの中で何かがはじけた。自分の大好きなラムネがなくなるなんて、そんなことは許せない。絶対に職人さんを見つけて、特製ラムネを取り戻すんだ!そう決心した彼女は、早速行動を始めた。


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ひなのは手がかりを求めて、村の古い書庫に足を運んだ。そこには地元の歴史や人々の記録が詰まっていた。調べを進めるうちに、彼女は驚くべき事実を発見した。特製ラムネを作っていた職人は、実は代々続く「霧原家」という家系の末裔で、その家には伝説のレシピが隠されているという。


「霧原家の伝説…?」ひなのはその響きに胸が高鳴った。どうやらその家系には、特別な力を持つ水源が関係しているらしい。彼女は霧原家の古い屋敷が、隣町の山奥にあることを突き止め、そこに向かうことを決めた。


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山道を進む途中、ひなのは急な雷雨に見舞われた。足元はぬかるみ、道も次第に見えなくなっていく。それでも彼女は、特製ラムネを取り戻すために一歩も引かなかった。「絶対に諦めない!」と叫びながら、ついに山の奥深く、朽ちかけた霧原家の屋敷にたどり着いた。


屋敷は長年誰も住んでいなかったらしく、庭には雑草が生い茂り、建物自体も崩れかけていた。しかし、屋敷の奥からかすかに音が聞こえてくる。ひなのは恐る恐る中に入ると、そこで一人の男が小さなかまどの前に座っていた。彼は黙々と何かを作っている。


「あなたが…霧原家の職人さんですか?」ひなのは緊張しながら声をかけた。


男はゆっくりと顔を上げ、彼女に目を向けた。「そうだが、もう特製ラムネは作れない。」


「どうして?」ひなのは問い詰めるように聞いた。


男は静かに話し始めた。「特製ラムネには、特別な水が必要なんだ。その水は、もう枯れてしまった。だから作れないんだよ。」


ひなのは一瞬、言葉を失ったが、すぐに思い直した。「でも、それならその水を取り戻せばいいんじゃない?!」


男は驚いたように彼女を見た。「簡単に言うが、その水源はずっと昔に封印されてしまった。普通の人間には手に入れられないものなんだ。」


しかし、ひなのの瞳には揺るぎない決意があった。「私はラムネガールだから、絶対にあきらめない!その水源、どこにあるのか教えて!」


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ひなのは、男から聞いた水源の封印場所――「霧の滝」へと向かった。そこは、険しい崖に囲まれた場所で、簡単には近づけない場所だった。しかし、彼女は自分を信じて崖を登り、滝の奥へと進んだ。


滝の裏には古い石碑があり、その前には小さな祠が建っていた。ひなのが手をかざすと、石碑が青白く光り始め、突然足元が輝き出した。


「これが…特製ラムネの水源…!」ひなのはその水をすくい、ラムネ瓶に入れた。


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無事に特製の水を手に入れたひなのは、職人の元に戻り、彼と共に新しい特製ラムネを作り上げた。その味は以前と変わらぬ、いや、それ以上に美味しくなっていた。


「ありがとう、ひなのちゃん。君のおかげで、特製ラムネは蘇ったよ。」職人は微笑みながら、彼女に一本のラムネを手渡した。


ひなのは瓶を開け、ガラス玉をポンと弾き飛ばす。しゅわしゅわと弾ける音とともに、口に含んだ炭酸の爽快感が広がる。


「やっぱり、このラムネが一番!」ひなのは笑顔で叫んだ。


そして、彼女はその日からさらに「ラムネガール」として、商店街のヒーローとなったのだった。


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