まいすいーとぺいん
入月純
10代
私は痛みに弱い。
子供の頃からちょっとした痛みでもすぐに泣いていて、親からも叱られるのだけれど、痛いのだから仕方ない。
泣きたいのだから仕方ない。
二歳になるまで歩けなかった運動神経の悪い私は、とにかくよく転んだ。
なにもない所で躓いて、膝を擦りむいては泣く。
単純に痛いのが嫌だったし、血が出ているのを見て余計に痛みも増すし、私は小学生になっても転んだだけで泣いてしまう。
しかもその上、私は頭も悪かった。
勉強についていけなくなったのはいつからだったか覚えてはいないけれど、多分小学生の……五年生とかだった気がする。
もう少し早かったかも。
割り算とか、もうなにをやっているのかわかっていなかったから。
両親はそんな私を病気なのではと心配したけれど、知能テストみたいなのをやらされた結果、私は人よりも少しだけ低い点数でしかなくて、それを見た両親の表情は物凄く複雑さを醸していた。
なんというか、こんなにもできそこないなんだったら、いっそ病気のせいにしたいんだけどな、みたいな。
ふたりとも、自分の遺伝子でできた子供が人並み外れて劣っていることを認めたくなかったのかもしれない。
両親の落胆はもちろんそこで完結することはなく、私のポンコツっぷりは中学生になっても続く。
十三歳の私は、注射が嫌で泣いた。インフルエンザの予防接種を受ける為に並ぶ小学生に指を指して笑われながら、嫌だ嫌だと地団駄を踏み、母親に頭を叩かれて泣き、逃げることは叶わず私の二の腕に注射針が刺さると同時に更に音量を上げて泣いた。
「情けない」「みっともない」「恥ずかしい」
多分百回以上言われたセリフだ。
父親はもう我関せずを貫いて、良くも悪くも私にはなにも言わなかった。
高校生になって、私はローソンでアルバイトをする。
人見知りな私でも、コンビニ店員だったらお客さんと普通に話すことができそうだし、コンビニはよく行くから大丈夫かなみたいな軽い気持ちで近所のローソンに面接に行ったら採用されてしまったのだけれど、私の考えはやっぱり甘くて、延々と失敗を繰り返した。
私はなんというか、タイミングが悪い女で、クレーム客が来る時に限ってレジは私ということが多くて、たとえばタバコの銘柄を言われてどれかわからないと「辞めちまえよクソガキが!」と怒鳴られたり、緊張して手が震えるから卵とかも割っちゃうので、本気で殴られそうになったこともある。
で、泣く。
痛みに弱い私の繊細な心は、見知らぬ人――と言えるのかわからないけれど、常連客のクレーマーに浴びせられた心無い一言にも簡単に傷ついてしまい、トイレ掃除を装っていつもトイレに籠もって泣いていた。
初めてのアルバイトは二ヶ月で辞めたけれど、私が流した涙の量はペットボトルのキャップでは納まらないくらいの量だったと思う。
高校を卒業して大学には行かず、なんとなくプラプラしていたけれど、流石にアルバイトくらいしないとなと思い立ち、やっぱり家の近所がいいよなみたいな短絡的な思考を元に、家から徒歩十分くらいのところにあるモスバーガーで働くことになる。
高校の時の同じクラスの女子が、「マックは覚えることめっちゃあるけど慣れれば楽だよ」って言っていたので、じゃあモスも同じ感じかなと思っていたけれど、楽どころかメニューを覚えるのもバーガーの作り方の手順を覚えるのも大変過ぎて初日からパンクしてしまう。
要領が悪い私は、レジやホール業務も上手くこなせないし、キッチン業務ももたついてしまうから、スタッフからもお客さんからも頗る評判が悪い。注文してから作るモスはただでさえ提供までに時間がかかってしまうのに、私がキッチンにいる日は三倍くらい時間がかかるので、色んなところから舌打ちが聞こえてきて、私は泣く。
でも悪いことばかりでもなくて、そんな私をいつもフォローしてくれていたひとつ歳上の男性スタッフに恋をする。
一度だけ仕事終わりに食事に誘われて、馬鹿な私は両思いだと考えてしまい、なぜか食後に告白する。
そして振られる。
そして泣く。
この失恋が関係あるわけがないけれど、この頃から生理痛が酷くなって、私は頻繁にお腹を抱えて蹲る。
生理痛の痛みは色んな例え方がされるけれど、私はお腹の中で大腸を使って二重跳びされているみたいな痛みで、月の四分の一くらいは泣いていた。
仕事も休みがちになって、でも生理痛なんて当然自分だけじゃないし、頑張ろうと思っていても痛いものは痛くて、辛いものは辛くて、私は最終的にいつも自分を甘やかしてしまう。
で、遠回しな表現を用いて店長から辞めるように促さる。
もちろん私は辞める。
仕事が長続きしない私に痺れを切らした母親が「もっと探す範囲を広げなさい」と言い、渋々隣町までを通勤範囲に広げて職探し。
で、事務の仕事がいいのではと思い、簡単そうなデータ入力系の会社に応募して、面接に行く。
九時半からの面接に、私は少し余裕を持って家を出る。
久々の電車は、思いの外たくさんの人が乗っていて、これから通勤ラッシュの中通わなきゃいけないのかと、暗澹とした気持ちを抱えて吊り輪を掴んでいたら、いきなりおしりを鷲掴みにされる。
「えええー!」とびっくりして勢いよく後ろを振り向いたら知らないおじさんが立っていて「なんだよ」と睨みつけてくるので「いや、別に……」と濁したら、「俺が痴漢だって言いてーのかよ!」とおもいっきり顔面を殴られてしまう。
嘘みたいに鼻血が出て、私は泣いて、車内はちょっと騒然とするけれど、私の鼻から滴る血の量に引いたらしいおじさんは「悪い」と言ってハンカチを渡してくれる。
でもなんとなくこの件はこれでおしまいねって感じで、目的の駅に着いた私はトイレに駆け込んで鏡を見て気を失いそうになる。
鼻は折れてはいなかったけれど、おじさんの指輪のせいなのか、ざっくり切れてる感じだった。
私はまた泣く。
で、面接にも行かずに帰る。
母親は面接に行かなかった私に「なにやってんのあんたは」とちょっと怒りかけたけど、でも私の鼻が尋常じゃなく腫れだしたのをみて、一緒に近所のクリニックに行ってくれた。
私の鼻が治る頃には季節も二つくらい巡っていて、私はもう死のうと思うようになる。
自分の人生はたかだか二十年弱だけれど、でももういいや、今死んでも五十年後に死んでもきっと嬉しい気持ちとか喜びの数みたいなのは変わらないはずだから、じゃあ今死んだほうが嫌な思いもしなくて済むしお得じゃんみたいに考えて、私はカッターの刃を最大まで出してから自分の手首を切ってみる。
痛い。
痛いだけだった。
こんなので死ねるわけがない。
やっぱり私は泣いて、それは痛みのせいでもあるし、こんな馬鹿なことをしてなにがしたかったんだ私はみたいな自分を責める涙でもあったし、両親に申し訳ないとも思ったし、もう生きててもしょうがないっていう気持ちは全く払拭されてはいなかったからだ。
十センチくらいのその傷は、深さはそれほどでもないはずなのに、なぜか傷跡が残る。まるで呪いみたいに。もう二度と同じ過ちを犯させないぞという誰かの意思みたいに、くっきりと、はっきりと残る。
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