2-2 ヤンデレ雪女が親分なのは『好きな相手を縛るため』です

そして朝食後、俺たちはそれぞれの仕事場に向かった。

雪女は氷の行商、アカナメは清掃員(風呂場の仕事は解雇されたので、今はゴミ捨て場の清掃を行っている)といったように、それぞれが仕事を行っている。



とはいえ、その賃金は俺たちの基準では考えられないほど低いものだ。

早く妖怪たちが安心して暮らせるような世界にしないといけないな、と思った。



「ふう……もうすぐ、最初の作物が収穫できそうだな……」



そして俺は、砦近くにある畑で作物を育てている。

現状では自給自足のためだが、いずれは、ここの作物を街の住民にもわけてやりたいとも思っている。



(……暴力での支配より……互いが喜べる関係の方がいいからな……)



ひょんなことから、俺は『虐げられている妖怪を率いる総大将』に祭り上げられてしまったが、俺は彼らがモンスターにとってかわる世界、即ち『差別する側』に回るような世界を望んではいない。



そこでまずは『妖怪は使役するよりも、対等のパートナーになるほうが双方にメリットがある』ということを知ってもらうことが第一歩だと思い、俺は雑草を抜き始める。

そんな風に考えていると、妖怪『手の目』が鍬を担いでやってきた。



「おう、精が出るな?」

「あ、おはよう、手の目!」

「ほら、俺も手を貸すから、一緒に頑張ろうぜ?」


俺の家はもともと農家の出身だったため、畑仕事の知識はそれなりにある。

だが、元の世界で使っていた農作業のための道具がろくにないこの世界では、一人で畑仕事をするのは至難の業だ。


そんな俺のために妖怪『手の目』は一緒に畑仕事をやってくれている。

同性である彼には、女性陣に話せない相談もできるため、今では親友のように思っていた。



あらかた雑草を引っこ抜いた後、俺は手の目に今朝の顛末について相談していた。


「ってことがあったんだよ……どう思う、手の目?」

「あはは! ま、それが狙いだからしょうがねえよ、ナーリ。……おっと、サンキュ」



すると手の目は楽しそうに笑いながら、俺の水筒を受け取り、水を一口飲む。

ちなみに妖怪は基本的に決まったものしか食べないが、いくつか例外はある。



水と塩は当然だが、なぜか酒やイワシの頭は、どの妖怪も食べられるそうだ。



(……ひょっとして、日本で『お供え物』になるものはいけるということか? 何か農作物にも、そんなものがあった気がするが……だめだ、思い出せない)



そんな風に俺は思っていると、手の目はふう……と一息つき、俺に手(つまり目)を向けながら苦笑する。



「姉御はさ。いつまでもお前に必要とされていたいんだ。お前が自前で食料を用意できるようになったらさ、自分から離れて行っちゃうんじゃないかってこと、心配してるんだよ」


「は? 俺たち仲間じゃん。そんな理由で離れるわけないだろ?」



そういえば、雪女は身の回りの世話をしてくれる割には、畑仕事の類は手伝ってくれていないのを思い出した。

……彼女は本当は、俺がいつまでも『彼女に甘えないと生きていけないダメ男』でいてほしかったのだろうか。


手の目は少し悲しそうに答える。


「……姉御ってさ。小さい時から自己評価が低いんだ。だから『私が好きな人に振り向いてもらうには、相手を縛る道具をたくさん持つ、悪女にならないといけない』って、愚痴ってたんだ」


「雪女が? そういえば……」



彼女は初対面の時に俺に対して『ごめんなさい、好きになっちゃったみたい』と言っていた。



通常他者を好きになることについて、謝罪をするというのは少々珍しい。

あれも彼女の自尊感情の低さの表れだとも、今にして思うと理解できた。



「思い当たる節があるだろ? それに姉御って、あまり人づきあいが好きじゃないくせに、俺たちを引き連れて親分みたいにふるまってるだろ? あれもさ、姉御のそんな考えが理由なんだ」

「どういうことだ?」


「子分や取り巻きがいっぱいいたらさ。『あなたが私と別れたら、一人ぼっちになるわよ?』って脅すこともできるだろ? ……実際、今もお前にそうしているけどな」

「脅す、か……」




元の世界でも俺はどちらかというと『ぼっち』だった。

昼食を食べる相手もおらず、いつしかそれが当たり前になっていた。


だが、この世界で彼女ら妖怪たちに出会って、食事を共にするのが当たり前になってから気が付いた。


俺は、独りに慣れていたのではなく『考えないようにしていた』だけだったということだ。

正直、俺が『妖怪の総大将』ではなくなって放逐されたら、今度は独りに耐えられるのかは正直なところ分からない。



俺がそう悩んでいるのを察したのか、手の目は俺の肩を肘(彼は掌に目が付いているので、どうしてもこうなる)でバンバンと叩きながら笑った。



「心配すんな! 俺はあんたが姉御を振ったとしても、ダチでいるつもりだからな! 飯だったら、いつでも付き合うぜ?」

「……ああ、ありがとうな」



妖怪『手の目』の持つスキルは『看破』。

俺たち人間を含むほとんどの種族は、一般的には目が2つあっても、見える像は1つだ。


だが彼は、左右の目を使って『別々の像』を見ることができる。

そのため、他者に対する洞察力は常人よりもはるかに優れているのが特徴だ。

手の目はそういいながらも、少し心配そうな表情で答える。



「ま、お前は『ぬらりくらり』してるからさ。ひょっとしたら姉御のアプローチがうっとうしいと思うかもしれないけど……ちょっとくらいは、必要としてやってくれるか?」

「ああ……そうだな……」



雪女が俺に好意を向けてくれることは明白だし、俺は彼女のことを可愛く素敵な女性だと思っている。

理由がどうであっても、彼女は『俺に喜んでもらうため』に料理を作ってくれて、掃除をしてくれ、砦ではいつも一緒にいてくれる。


……それについてはとても感謝している。



(俺は、彼女が嫌いなんじゃない……。けど……異性を好きになるって気持ちがわからないんだよ……)



俺は元の世界にいた時からそうだったが『誰かに特別な愛情』を持ったことがない。

むろん『可愛い』『美人』といった概念はあるし、友人としての『好き』も理解できる。


だが『思わずキスしたくなる』『押し倒したい衝動にかられる』といった小説の描写は、俺にはピンとこなかった。……実際クラスで浮いていた理由の一つに、恋バナに対して興味や関心がなかったというのもあるくらいだ。




(こんな俺が……彼女に愛してもらうなんて、そんな権利あるのかな……)



そう思いながら空を見上げた。





……それから農作業を再開して数時間後、隣からぐ~……という音が聞こえてきた。

もちろんその音の主は、手の目だ。



「腹減ったな……そろそろ飯にしないか?」

「そうだな」


俺は雪女が用意してくれた黒パンを取り出した。

一方の手の目は小さな鳥の骨を3本だけ取り出す。



「おい、手の目。お前の飯、それだけで足りるのか?」

「いや、ぶっちゃけ足んねえよ。けどさ、今モンスター(エルフやヴァンパイアなど、西洋の魔物のこと)の連中が山にいるから、獲物を取りに行けないんだよな」



手の目は基本的に『生物の骨』を主食としている。

魚の骨などでは細すぎて食べ応えがないこともあり、特に鳥類の骨が好きだともよく耳にしている。



「モンスターが?」

「ああ。俺たち妖怪がモンスターと山に出くわすとさ。すっげー怒ってくるしひどい時には獲物を横取りしてくるんだよ。特に獣人なんかはひどいな」



手の目はそういいながら忌々しそうにバリバリと骨をかじる。

……獣人と食性がある程度かぶっているため、彼は獲物を奪われてしまう機会が多いようだ。


それを聞いて、俺は少し考えながら畑を見回して、あることを考えた。



「……なあ……一つ思いついたんだけどさ……」

「なんだ?」

「鶏みたいな生き物をここで飼うことって、できるか?」



それを聞いて、手の目はきょとんとした様子を見せた。



「家畜を飼うってことか? いや、そんなことは想像したこともないな……。なんで鶏を飼おうって思うんだ?」

「そりゃたまには俺も肉を食いたいからな。それに鶏は雑草を食べてくれるから、こんな風に草むしりをする手間が省けるからな」



俺たちが持っている畑はそんなに大きくはないが、それでも二人で手入れするのは大変だ。



かといって雪女は手伝ってくれないし、スネコスリや一本だたらは非力だ。

そしてアカナメは……『あたしに任せてください!』と言って、せっかく育てた苗を雑草と間違えて根こそぎ引っこ抜いてしまったため、もう二度と畑には近づける気はない。



そのため、鶏が無料の労働力になってくれるなら願ったりだ。



「それに鶏は卵も旨いしな。あと鶏の骨なら、あんたも食えるだろ?」

「鶏の骨、か……。そういや昔ゴミあさりで見つけたことあったけど……確かに、割と旨かったな」



……さらっと壮絶な過去を出すな、こいつら妖怪は。

そう思いながらも俺は尋ねる。



「だからさ、鶏をここに飼いたいと思うんだ。……誰か、詳しい人とか知らないか?」

「誰か、か……そうだな、蛇」



だが、手の目が何か言おうとする前に、後ろから雪女がやってきた。

ちょうど仕事が終ったのだろう。氷の行商は朝早い代わりに日が高くなる前には終わりになるためだ。



「スラムに住んでいる、蛇骨婆のところに行くといいわよ?」

「蛇骨婆?」

「ええ。……あの女はあまり好きじゃないけど……あの街のスラムで鶏や豚を飼っているから」

「へえ……」

「ただ、だいぶ気難しい女だから……私は一緒に行きたくないわね……」



そういうと、雪女は忌々しそうにそう答えた。

よほど彼女が嫌いなのだろう。横からこっそり手の目が耳打ちした。



「実は、姉御はさ。昔蛇骨婆に怒られてばっかだったんだよ。柿を盗んで拳骨を食らったり、近所の子を泣かして燃やされたりな。あと酷かったのは、掃除をさぼった時だったな。婆さんに怒鳴られた姉御、思いっきり泣きながら『もうやだ、帰る!』って……」


「手の目? ……かき氷って好きかしら? 凍らせた体を刃物でがりがり削るの……美味しいわよねえ……?」



だが、彼女がそう殺気をみなぎらせて来たので、手の目は思わず押し黙る。



「あ、いえ! ……と、とにかく家畜のことだったら、蛇骨婆のところに行きなよ! 場所はスラムの南地方だ。スラム街を収めるリーダーでもあるから、きっとすぐわかるはずだからさ」



なるほど、俺たち意外にも妖怪をまとめる頭目がいたということか。

であれば、今後のことを考えて挨拶もしたほうがいいな。



「私が紹介状を書いてあげる。……その代わり……その……鶏を飼えるようになったら……お礼が欲しいんだけど……」

「お礼?」



雪女はそういうと、顔を真っ赤にしながら、俺にあるお願いをしてきた。

それを横で聞きながら手の目はフフフ、と嬉しそうに笑った。

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