1-8 こうしてナーリは『妖怪の総大将ぬらりひょん』になりました
そして数日後。
「ふう……これで全員片付いたな」
「さすがですね、ぬらりひょん様!」
アカナメはそういって喜びの声をあげた。
幸い、サテュロスたち全員の就労先は何とか決めることが出来た。
最後に残っていた男……彼は病気になっていたためだ……と、彼が快癒し、職が決まるまでは砦に残っていたいと言っていたお頭は、満面の笑みを向けた。
……まったく、本当にお頭は身内には優しいのだろう。
「ありがとうな、ぬらりひょんの旦那! まさか、あれだけのことをした俺たちに、仕事を探してくれるとは思わなかったぜ!」
「ええ。……それと雪女さん。あなたの優しさは、忘れません……」
そう彼はいうが、雪女は別に照れる様子もなく答えた。
「……あなたに言われても嬉しくないわ。それより、ぬらりひょんに言ってよ? 私は優しくて、とても素敵な女性で、お嫁さんにするには最高の妖怪だってこと……」
……そういうのは本人を前にしてお願いするべきじゃないと思うけどなあ……。
彼もそう思ったらしく、少し苦笑しながら俺に笑いかけた。
「あ、はい……。……だ、そうですよ、ぬらりひょんさん」
「ああ……。それじゃ、またな」
二人は荷物を持って砦を後にしていった。
(ま、あいつらもいい生活を送れるといいけどな……)
サテュロスという種族であることを『瑕疵物件』ではなく『掘り出し物』として売り込むことが出来たのは、我ながらファインプレーだった。
もっともこれは『信頼と実績のある斡旋業者』に化けることができる合法侵入のスキルあってのものだが。
「お疲れ様、お兄ちゃん? よく頑張ったね?」
そんな俺の肩を揉んでくれるのはスネコスリだ。
小さな手でぐにぐにと俺の肩をほぐしてくれており、俺は心地よさに思わず目を閉じる。
「ああ、ありがとうな、スネコスリ……」
彼女は最近、俺のことを『お兄ちゃん』と呼んで慕ってくれる。
……もちろんこれは俺に甘えるためのものでもあるのだろう。だが一番の理由は……
「ええ、お疲れ様、あなた? ……フフフ、スネコスリったら。本当に『兄妹みたいに』仲いいわね? ぬらりひょん、あなたも彼女を『妹として』愛してるのよね?」
「あ、ああ……」
雪女がそういいながらけん制するような目で俺たちをにらみつけてきた。
彼女は実力的にも性格的にも、ここのリーダー的ポジションにいる。
そのため、ここの妖怪たちは彼女に逆らえない。
雪女は俺の隣に座って、耳元でささやく。
「けど、ぬらりひょん。あいつらに貸しを作って更生させるなんてすごいわね?」
「そうかな? ……そう言ってくれたら嬉しいな」
「てっきり、あいつらをぶっ飛ばして、殴られた分だけボコボコにしてやると思ったもの」
「……俺は……それだけは嫌だな。出来れば暴力は使いたくないし、お互いに納得いく決着にしたいんだよ。やられても、やり返す側には絶対なりたくないんだ」
「ふうん……変わった考えだけど……素敵ね……」
そういうと雪女は少し嬉しそうに顔を赤らめる。
「それに、これで邪魔者は減ったわね? あなたも、私と一緒に居られる時間が増えて嬉しく思ってるわよね? ねえ?」
「え? ああ……もご!」
だが、俺が相槌を打とうとする前に、雪女は俺の口にアイスを突っ込む。
「ほら、美味しいでしょ? まるで私たち、夫婦みたいよね?」
どうやら彼女は、バカップル同士がやる『あーん』の文化を間違って理解しているようだ。
雪女は思い込みが激しい特性を持つようで、どこかアプローチがずれている。
「これでまた、あなたは私を好きになったわね? このアイスには私を好きになる魔法がかかっているもの」
彼女のスキルは見た目でわかる通り『氷結』だけだ。そんな魅了魔法が使える妖怪は今ここにいない。
だが雪女はそんな風に、俺に対し、ねっとりとした語り口で尋ねてくる。
それを見て、別の妖怪があきれたような声を出す。
「あ、姉御……そういうのはやめましょうよ……」
「……なによ、手の目。せっかく私が彼を洗脳しようとしているのに。邪魔しないで?」
「けど、そのやり方じゃあ洗脳なんて出来ませんよ。というか、本人の前で言っちゃダメじゃないすか……。それよりもっと、普通にアプローチしたほうが……」
「……うるさいわね。私のやり方に文句あるの? ほら、もう一口……」
「むご!」
俺が手の目に気を取られた隙をついて、また雪女は俺の口にアイスを放り込む。
口の中に猛烈な冷気が走り、俺がひるむのを見て、手の目は俺に同情の目を向ける。
「……ナーリ、お前も大変だな」
彼は以前俺がワインセラーで出会った『手の目』だ。
先日の窃盗事件の咎を取らされてクビになり、うちの砦に来たのだ。もっとも、あの職場には嫌気がさしていたらしく、彼はそのことを許してはくれたが。
ちなみに彼だけは俺の本名を『ナーリ・フォン』だと理解してくれている。
彼は雪女とは幼馴染のようで、彼女のことを『姉御』と呼んでいる。
その様子を身ながら、彼と一緒にいた妖怪『一本だたら』……彼は大きな足が1本しかないのが特徴だ……が、おずおずと声をかけてきた。
「ねえ、雪女ちゃん……。ぬらりひょんさんがかわいそうだから、あまりいじめないであげてよ……」
「何言ってるのよ? 私はいじめてなんかいないわよ?」
彼は手の目と同様に雪女の子分……もとい幼馴染だ。
話によると、雪女に脅されて半ば無理やり、この砦に連れてこられたようだ。
俺は手の目に尋ねる。
「なあ、手の目。彼女は昔っからああなのか?」
「ああ。思い込みが激しくて、自分が一番正しいと思ってやがる。それに言うとおりにしないと、すぐ切れる乱暴者でさ……うぎゃ!」
そんな風に話していると、彼の背中に氷柱が出来上がった。
雪女が怒りとともに打ち付けたのだろう。
「ったく。昔っから口が減らないのね、あんたは……」
「ほ、ほらな……姉御は……怖いやつだから……ナーリも気をつけろよ……」
「あはは、気を付けるよ……」
……ぶっちゃけ俺は『ハーレム生活』はあまりしたくない。
この世界の女の子は『俺の喜びそうな話題を一生懸命提供してくれる、無料キャバ嬢』ではない。正直共通の話題があまりないため、少し居心地が悪かった。
だから俺は、手の目のような気さくに話し合えそうな同性が増えたことはありがたかった。
「あ、なにやってんの、みんな! そこに集まって!? あたしも混ぜて、混ぜて!?」
そうこうしていると、アカナメが俺に近づいてきて、俺の足をべろべろと舐めてきた。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
「うーん、美味しいです……。雪女ちゃんのおかげでいっぱい『冷や汗』をかいたんですね、ぬらりひょん様?」
ぺろぺろと舐めてくるくすぐったさに、俺は思わず笑ってしまうのを見ながら、雪女は首を振る。
「違うわよ、アカナメちゃん? 彼は私の魅力にドギマギして汗をかいたの。……あと言っとくけど、変なところ舐めたら氷柱に変えてやるわよ?」
「あ、あはは……わかってるよ、雪女ちゃん!」
雪女はその様子を憮然とした様子で見つめていた。
……アカナメの特性を理解しているため、舐めること自体に文句を言えないのだろうが、やはり俺に近づくのを快く思わないようだ。
だが、おかげで彼女の前では、アカナメは俺の顔を舐めてくることはなくなった。
ひとしきり俺の足を舐めて腹が膨れたのだろう、アカナメは俺に尋ねる。
「ところでさ、ぬらりひょん様? これからどうするの?」
「そうだな、まずはこの砦で畑を作って、自給自足をしたいな」
「そっか。ぬらりひょんさんは、※僕たちと違って色々食べないと生きていけないもんね」
(※この世界の妖怪は、一部の『共通で食べられる食物』を除き、種族ごとに決まったものしか食べない。具体的にはアカナメは垢、一本だたらは鉄鉱石、雪女は氷などである)
そう一本だたらも同意してくれた。
手の目はそれを聞いて、たくましい二の腕をぐい、と見せた。
「じゃあ、俺も手伝うよ、ナーリ。力仕事なら任せてくれ!」
「ああ、頼りにしているよ」
「それで、自給自足ができるようになったら、私たちと一緒に暮らすんでしょ? あなたと、あなたの最愛の人……つまり私と一緒に、ずっと添い遂げるのよね……?」
そう雪女が口をはさむが、俺は首を振る。
「ダメだよ。みんなと静かに暮らすのは、すごい楽しいだろうけど……俺だけが幸せになるためじゃないんと思うんだ」
「幸せ? ……そ、そう?」
雪女はまんざらでもなさそうに、そう答える。
「だからさ。いつか……この世界の妖怪たちがみんな、差別されないで楽しく暮らせる世界を作りたいと思うんだ。……もちろん、可能な限り暴力より話し合いで、だけどな」
それを聞いて、手の目は「その言葉を待っていた」と言わんばかりに破顔した。
「へえ。じゃあさ、ナーリ。お前が俺たちの『総大将』になってくれるってことか?」
俺が妖怪の総大将、か。
ちょっと気恥ずかしい感じもしたが、俺は「そうだ」とうなづいた。
「そうだな……。けど、みんなに知ってほしいことがあるんだ」
「なんだよ?」
「俺はさ。妖怪がモンスター(いわゆる西洋の魔物のこと)たちに、とってかわる世界にしたいわけじゃないんだ」
「え?」
俺は『いじめられる側がいじめる側になり替わった場面』を今まで何度も見てきた。
本人たちは『悪者へのお仕置き』のつもりでやっていた仕返しだが、はっきり言ってあれほど醜悪な光景はなかった。
だから、俺が戦うのはエルフたちじゃなくて『差別そのもの』だ。
「俺はサテュロス達みたいに差別されているモンスターも助けたいし……現状差別している人たちも『差別しないで済む』世界を作ってやりたいと思ってる。……甘い考えかもしれないけど、みんな賛同してくれるか?」
そういうと雪女は手の目と俺の間にぐい、と入って尋ねる。
……こいつ、同性が相手でも親しく話しているのが嫌か。
「ええ、手伝ってあげる。……けど、この砦は私のものだし、手の目やアカナメも私の舎弟なの。それはわかる?」
「ああ」
「だからこの組織は、私なしじゃ成り立たないの。だから、その……」
そういうと彼女は顔を赤らめ、答えた。
「め、命令よ。今後あなたは、仲間が増えても、あなたの地位が私より偉くなっても……ずっと、ずっと、私を必要として? ……これから一生隣にいさせて? 絶対に、離れたらヤダ……」
……彼女はいわゆる『ヤンデレ』気質だけど、素の性格はむしろアカナメより寧ろ子どもっぽい。
そんな彼女を俺はかわいく思えた。
「もちろんだ。……頼りにしているからな、雪女」
「そ、そう? それなら、嬉しいわ……」
そういって彼女は、頬を染めあげた。
彼女の発言に呼応するように、周りの妖怪たちも俺に対して楽しそうに答える。
「うん! お兄ちゃん、私も一緒に居たいから! だから、甘えさせてくれる?」
スネコスリはかわいらしく猫のように頬ずりすると、そう俺に対して無邪気な笑顔を見せた。
「当然私もご一緒します! ご主人様の垢……じゃなかった、ご主人様のことをお慕いしていますから! べったりと付き添わせてください!」
正直、アカナメはよくとんでもないドジをやらかすクルクルパーだ。
だが、この子の明るいところは俺から見ても楽しい。
「ははは、モテモテだな、ナーリ。俺は……みんなみたいな美少女じゃないけどさ。ダチとして、お前をバッチリ支えてやるからな!」
手の目は気さくでいい奴だ。
こいつには、女性に言えないような悩み事も何でも話せるような気がする。
……実は誰にも打ち明けていないが、俺は実は『異性にも同性にも』特別な感情を持ったことがない。友達との恋愛話もどこか他人事のように聞いていたくらいだ。
だから悲しいことに、雪女のようにまっすぐと性愛を向けられても、正直どう返せばいいかわからない。いつか、彼にはそのことを相談してみようかとも思う。
「僕も頑張るよ! 脚力は自身があるから!」
控えめな性格の一本だたらは、そんな風に答えてくれた。
……そういえば彼のスキルは教えてもらってないな。今度教えてもらおう。
そして俺は、みんなに叫ぶ。
「よし、みんな! ……これからよろしくな!」
これが俺が『妖怪の総大将』としての第一歩だ。
その言葉に、5人の仲間は嬉しそうに声を出してくれた。
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