第54話

 スリランカなどでは山羊のミルクを使った伝統的なミルクティーもあったりする。牛のものよりも脂肪分が少なく、すっきりとした味わい。夏場などはこっちを飲みたくなったりもする。彼女が働くカフェ〈ヴァルト〉にも常備していたり。勝手に。自分用に。


 彼女は。アニエルカ・スピラという少女は、紅茶に人生を捧げている、と言っても過言ではないほどに愛している。ドイツの中でも紅茶党が多いことで有名なフリースラント出身ゆえに、幼い頃から触れてきた飲み物。思考は全て紅茶に繋がっている。


「なるほど。そういう考え方もあるのか。いいね、色んな視点から当てはめることができる」


 自由な発想。それはシシーにはとてもありがたいもの。どれだけ勉強ができても、到達できない極地。それを手にしたい。だから、この小さな少女の突飛な感想は、甘くて蕩ける。


 今日は誘われて、よくわからないままここに来たアニー。穏やかで歴史あるここは心地良いけども。疑問がどんどん出てくる。


「でも、なんでまた急に悪魔っスか? 悪魔に会っちゃったんですか? 好きな紅茶の茶葉は言ってました?」


 ダンスホールから出ると、次は東洋の陶磁器を飾っている部屋へ。こちらも壁や柱に黄金の装飾を施されており、豪華絢爛。天井にも絵画や彫刻が配置され、大小様々な名品が飾られたその室内。シシーはガイドポールを挟んで鑑賞。


「会った……会ったと言えば会ったのかもしれないね。茶葉は聞けなかったよ、すまないね」


 悪魔というより。妖艶な毒蜂のような人物なら。彼女はニルギリのレモンティーが好き、と言っていたかな。でもそれは言わない。


 ほんの少しだけ。嘘、というより隠し事の香りを感じ取ったアニー。しかしそれは悪いものではなく、むしろ楽しそうなものなので良しとする。


「いえいえ。想像する楽しみもあるっスから。もし会えたら、おもてなしで出してみたい紅茶があるんスよ。反応が楽しみっスねぇ」


 ぐふふ、と想像するだけで楽しい。お茶菓子も。パリで学んだことを活かして。

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