第31話

 猫っぽい音、というのはこの業界に長いリシャールにもわからないが、認める認めない以前に『興味』という点では非常にそそられる。なんとも言えない雰囲気。


「独特な感想だね。とりあえず弾いてみるといい。防音とかしていないから、外まで響くだろう」


 インテリアのためには売れてほしくないが、売れないとそもそもが広まっていかない。まずはヴァイオリンというものが身近になってもらうところから。試弾という形で無料の販促。


 よし、この子はヴェチェイと名付けよう。まだもらってもいないのにオーロールは勝手に所有権を主張する。由来はハンガリーの作曲家、フランツ・フォン・ヴェチェイ。


「それなら最初から外で弾こうかね。寒いけど、気にしない気にしない。お金貰わなかったら別にいいでしょー?」


 こんな狭いところがヴェチェイのデビューなんて可哀想。香る、ヴァイオリンの朽ちた木々。曲目は『悲しいワルツ』。ピアノはないけど、そこは頭の中で。


「よくはないけど、まぁ見逃してくれるかもね」


 先回りしてリシャールはドアを開ける。冷えた空気が肌を刺すが、これから生み出される熱情を確信している。だから、寒くなどない。シンプルってのは時に残酷だ。ただ聴いてみたいって心が些細な悪事を見逃してしまう。作り続けた結果、ただただ『聴く』という基本的な行動に、今は立ち返りたい。


 日の暮れた通りを街灯が照らす。歩みをやめない人々、路上に駐車された車。そこにオーロールは飛び出していく。


「ま、おひねり貰っちゃったらそれはそれで。逃げさせてもらうよん」


 目立つのは好きじゃないし、パリには野良猫もあまりいない。だから弾く理由なんてないんだけど。とりあえず、暴れるだけ暴てみてくれよ、ヴェチェイ。

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