第9話

 テーブルに頬杖を突くオーロール。とてもシンプルに示しただけ。それ以上でも以下でもない。


「言葉通りだよん。あの子はもうここにはいない。いや、まだいるのかな? もう向かったのかな? そこまでは知らないけどね。ただ、リサイタルには出ない。出られない。だから私がここにいる」


 にゃんとまぁ、今日だけじゃなくてもう一日あるとか。これは大きな貸しができてしまった。次に会った時の請求せねば。だが。


「嘘」


「だな。あいつはそんな無責任なやつじゃない。なにか事情が……だとしても、連絡のひとつくらい……」


 きっぱりと言い切るカルメンと、しかし実際にここにいない現状に揺れるイリナ・カスタ。信じている。そんな簡単に崩壊するような絆じゃない。それでも。なんで。いない。


 二人ともに、ブランシュとは演奏を重ねて、深いところで通じ合っていると思っていた。だからこそ、いきなりのことに頭が追いついていかない。これだったらまだ、今日来れなくて、誰も代打なんてないほうがよかった。なのに。


 その気持ちは充分にオーロールにもわかる。


「だよねぇ。私もそう思うよ。本当に楽しい時間を過ごした友人達となんだから。黙って行っちゃうなんてねぇ」


 勝手に頼んだパフェが到着。他がコーヒーやカフェラテで済ませている中、ガッツリと食す。これは美味しい。故郷にもない。


 その胸焼けしそうな画。冷淡にヴィジニー・ダルヴィーはコーヒーを啜る。


「信じろ、というほうが無理ね。いきなり出てきて。あの子はもういない? 代わりに演奏した? なにが目的?」


 カップにソーサーを置く音に、普段より様々な色が混じる。静かに燃える青い炎。水面に波紋が広がる。この現状のように。


 そんなこと言われてもね。変わらずパフェを胃に放り込むオーロール。


「目的? ないんじゃない? 言ったでしょー? 私は代わりに弾いただけなんだから。返せる言葉はこれしかないよ」


「理由……みたいなものは」


 そして今日の一番の被害者でもあるブリジット・オドレイ。まだ、実感できない。できるわけがない。ブランシュの顔が思い浮かぶ。皮肉なことに楽しそうなものばかりが。

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