第7話

 以前から噂になっている人物がいる。普通科であるにも関わらず、音楽科のヴァイオリン専攻よりもいい音を奏でてしまうという少女。さらに音を香りに。香りを音に変換するという眉唾もの。常にいるわけではないので、見たことある人もいればいない人も。


 最初にその子に目をつけたのはヴィズだった。ただの酔狂のつもりで声をかけた。そして日に日に楽しみが増していった。なのに。


「……どうだかね」


 結局。それは叶わずに終わった。終わってしまった。


「? なに? なんかあった? ケンカでもした?」


 暗くなった雰囲気をデルフィーヌは察知。え? 自分、変なこと言った?


 この二ヶ月ほどの楽しかった時間。それをヴィズは噛み締める。


「ケンカ……できない辛さもあるのよ」


 プラスとマイナスが拮抗してしまって。どちらにも感情が移らない。今の自分に弾けるピアノは。きっととてもつまらないもので。


「???」


 事情を知らないデルフィーヌ。より深く探っていいものか。少し落ち着いてからのほうがいいのか。首を傾げて様子見。なにかよくわからないことが、よくわからないうちに進行し、終息を迎えたようで。どう対応するべきか。


 憔悴しながらヴィズは天井を見つめる。ライトの光。その中に答えがあれば。


「……誰にぶつけたらいいのかわからないわ、この怒りのような——」


 悲しみのような。もう、あの子のヴァイオリンは。ここにはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る