第2話

 しかも共同生活。どんな人物が同室か、というのも悩みのタネだった。怖かったらどうしよう。威圧的だったらどうしよう。しかし出会ってみれば中々。同じ気質を感じる。


 そしてそれはジェイドにも言えること。楽しみ半分、緊張半分だった。だが、こちらもひと安心といったところ。


「趣味であり人生だからね、ショコラは。ところでそれは」


 と、壁に立てかけてあるケースを指差す。いや、わかっている。彼女は元々、クラシックをほんの少しだけ嗜んでいたから。主にヴィオラを。縁の下の力持ち的な位置。


 オーロールはもらったショコラクッキーをホロッと歯で割る。


「これ? ヴァイオリン。趣味であり暇つぶしでもあるんだよね、私には。大道芸として稼げるし」


 奥歯でザクザクと噛み締めながら、パリの街で弾く自分を想像してみる。人がわらわらと寄ってくるのは。ちょっと嫌かもなぁ。囲まれるなら。猫。猫がいい。


 ふむふむ、ひとり言を呟きながらジェイドはしゃがんでケースを凝視。中々に興味深い。


「音楽科に入るのかい? 何人か友人がいる。紹介しようか?」


 自分もやっていた、ということは伏せておく。今必要な情報ではないし、聴く専門になってしまったから。ちょっと前にほんの数小節、数年ぶりに弾いた程度。これでは弾けるとも言えないし。


 色々あった疲れから、オーロールは上のベッドにダイブ。二段なら上。絶対。


「いーや。普通科だよ。言ったっしょ。趣味だよ趣味。弾きたくなければ弾かない。誰かに強制されるのはさ。嫌いなんだよねー。音楽ってのは、音と音の間にあるものだからね」


 それはもう自分の音じゃないから。渋々弾く音は、結局つまらないものにしかならない。それってやる意味なくない?


 振り向いてベッドを見上げるジェイド。音。その間。聞いたことある。


「ドビュッシーだね。音楽の本質を突いたような言葉だと思うよ」


 そこまで詳しくクラシックをやっていたわけではないので、自分がこんな薄いひと言でまとめていいものかはわからないけど。それでも色々と応用が効きそうな、そんな深さを感じる。


 偉人の言葉というものは、別にその分野ではなくても、心を滑らかに滑り落ちていきそうなものに対して、引っ掛かりを与えてくれる。もしかしたら人生の教訓になりそうなものを。

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