第10話 無駄な手続き

 先輩のアホは『困ったらゲーム内ヘルプ使え』ってほざいてたよな? その便利機能は一体どこにあるんだよ! メニュー画面の開き方わかんねぇんだけど! っていうか、一体いつになったら元の世界に戻れんだよ! 何よりも、俺の体は本当に無事なんだろうな! 絶対リアルで数日経ってるけど、食事とか排泄の世話してくれてるんだろうな! っていうか仕事大丈夫かよ! 休日を返せ! 一生分の生活費を俺に支払え! 俺を養えよ!


「はい、次はこちらの書類をお読みください」

「……はい」


 そして、なんで街の外に出るだけで膨大な量の手続きをやらされんだよ! もう一時間以上、書類を読んだり記入したりしてるよ! なんで事務作業しなきゃいけないんだよ! 腱鞘炎になるわ! 頭の血管もブチギレるわ!


「随分と興奮してらっしゃるみたいですが、大丈夫ですか? 精神が不安定のようなら、一度休息を取られたほうがいいかと」

「……手続きはどうなります?」

「ええ、大丈夫です。ご安心ください」


 何が大丈夫なのかを具体的に言ってほしい。普通に考えれば『続きから再開できますよ』って意味なんだけど、このゲームの場合は違う気がする。常識的に考えたら負けなゲームだもん。


「ここまでの手続きは完了済みってことでいいんですよね?」

「……? もちろん最初からやり直していただきますが……? ええっと?」


 なんで俺が間違ったことを言っている空気になるんだよ! どう考えても俺は、クレーマーじゃねえよ! 真っ当な顧客だよ!


「じゃあこのまま続けますよ」

「本当に大丈夫でしょうか? 精神的に不安定な状況で街の外に出るのは、危険ですよ? 魔族が跋扈しているわけですから。ましてや初の外出なわけですし」


 時間を置けば置くほど、精神が不安定になるんだからしょうがねえじゃん。早く脱出しないと気が狂うし、実質RTAだよ。


「まさかとは思いますけど、外から戻る時も手続きが……?」

「……? ないと思いますか?」

「いや、あるだろうなとは思ってましたけど、普通はないかと」


 だってそのための通行証じゃん。これ見せたら一発オッケーだろ、普通。少なくともゲームならそれで十分だし、なんなら通行証自体不要だよ。


「と言いますか、それに関しては三枚目の書類に記載されていたはずですが……」

「そうでしたっけ?」


 あんな規約読み飛ばしてるに決まってるじゃん。一枚目の十行目ぐらいまでは読んでたけど、無駄が多すぎて読む気失せたわ。だってお前、『靴を履いてから散策しましょう』とか『歩く時は右足と左足を交互に出しましょう』とか、そんな不要な文章が延々と羅列されてんだぜ? 馬鹿にしてんのか。


「これはいけませんね……初めから手続きをしていただけますか?」


 それは本当にいけねぇなあ!?


「このまま続行で……」

「いえ、読み飛ばしてる可能性が浮上した以上は最初からやり直していただきます」

「困りますって」

「困るのはこちらのほうです! 全て把握している人間以外を送り出しては、もしものことがあった時に責められるのですよ? 我々も仕事ですから……」


 結局保身かよ! いや、大事なことなんだけど、NPCの分際で、自分の立場を大事にしてんじゃねえ!


「ではこちらは廃棄させていただきます」


 あー! 俺が一生懸命書いた、無駄な記入欄ばっかりの書類が、恐ろしいほど無慈悲にビリビリと破かれた!


「……日を改めさせていただきます」

「おや? やはり休息が必要だったようですね。どうかご無事で」


 張り倒してぇ、百万回張り倒した後で痛い目に遭わせてぇ。

 怒りとやるせなさを背負って、実家へと歩みを進めた。実家と言っても、初日以降一切顔を出してないけどな。

 あの母親、美人だけど面倒だから会いたくないんだよなぁ。とはいえ、宿屋に泊まる金もないしなぁ。




「よくぞ帰ってきました。全く音沙汰がないので、母は不安で不安で夜も眠れなかったのですよ? まあ、その分お昼にたっぷりと眠っていましたが」


 それはただ単に昼夜逆転しただけでは? あと、音沙汰がないって言っても、俺はこの街から一歩も出てないぞ。話長くなりそうだから言わんけど。


「さぁ、再開の抱擁と洒落込みましょう」

「……うん」


 面倒な人だけど、役得だと思って喜んでおこう。VRのはずなのに柔らかくて良い匂いだし、このゲームにおける癒やしポイントだよ。っていうかこっちの方面で売り出せよ。実際に売り出す予定があるのか知らんけど、この技術力をエッチな方面で活かせよ。RPG作るの向いてないから、こっち方面で売れ。


「大きくなりましたね、一二三」


 なってたまるか。下ネタか? 勘弁してくれよ、設定上は実の息子なんだから。


「戦士にも休息は必要です。旅の疲れを我が家で存分に癒やしていきなさい。できれば貴方の英雄譚も聞いてみたいわ」


 街から出られない戦士ってなんだよ。英雄譚なんてあるわけないじゃん。ずっと王宮の客室と迷宮を往復してたよ。こんなもん喜劇としても出来が悪いわ。

 言えねぇよなぁ、未だ王様にも会えてないなんて。こんな温かい目で見つめられたらさぁ。元の世界に帰りてぇ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無駄しかないVR世界に放り込まれました シゲノゴローZZ @no56zz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ