無駄しかないVR世界に放り込まれました

シゲノゴローZZ

第1話 無駄な導入

「おー、お足元の悪い中、遠路はるばるよく来たな。九十九つくもと会うのは一年ぶりぐらいか? いや、待て、ちゃんと思い出すから。確かあの時のお前は薄着を着ていたから、夏場だってのは確定だ。ってことは一年と二ヶ月ぶりぐらいか? あの時、映画を見に行ったよな? 待ってくれ、上映されていた時期を調べることでもう少し絞り込むから……」

「いえ、そこは重要じゃないんで、本題をお願いします」


 まだ先輩の家の玄関さえくぐってないけど、もう既に帰りたい。この人はいつもこうなんだよ。言動に無駄がありすぎて、話が入ってこないんだよ。

 今日の呼び出しだってそうだ。スパムも驚きの長文が送られてきて、俺は何もわからないままここに来た。しょうがないじゃん、まともに読む気が起きないんだもの。


「まあ、とりあえず上がったらどうだ? 立ち話もなんだしな。ああ、ちゃんと靴を揃えておけよ。たとえ親しい仲であっても、こういうのはキッチリと習慣づけておかないと、将来苦労するからな。まあ、社会人に今更将来もクソもない気がするけど、何をするにしても遅すぎるということはないし、人間の成長に限界はないんだよ。いや、限界はあるっちゃあるよ? オリンピック……短距離走とかでもそうじゃん。アレは人類の限界との戦いだけど、いつか限界が来るよ。極論だけど、コンマ一秒で百メートルを走り切るなんて無理だろ? それはつまり、どこかで限界が来るってことなんだ。もし限界にたどり着いたらどうするんだろうな? タイムの測定を小数点第百位まで細かくするのかな? きっとどんどん精密になっていくだろうぜ。だがしかし、それは限界への挑戦なのか? 尺稼ぎではないか? オリンピックという名の興行収益を絶やさぬための……」

「お邪魔しまーす!」


 返して……俺の長期休暇を返して……。今すぐ帰らせて……。


「とりあえず一二三ひふみと呼んでいいか? 今更だが、九十九つくも呼びは些か他人行儀だと思ってな。お前とはそこそこ長い付き合いだし、そろそろ下の名前で呼ぶのもアリだろう。男同士だし、別に問題はないだろう? おっと、お前のことを変な目で見る気はないということだけは、ここで断言しておこう。いやさ、俺は巷じゃメガネの似合う素敵な青年で通っているんだ。ああ、今考えた設定だ。しかし、設定というのは公言し続ければ公式になるものだ。俺は基本的に謙虚だが、男に生まれた以上は箔というものが欲しい。まあそりゃ、俺は人間国宝と呼べるほどの有能さだから、黙っていても名誉は転がり込むさ。本来であればな。世間は俺を異端児扱いしている。自分の理解が及ばないものは全て異常なんだよ、凡人ってのは。俺には低脳児の思考回路など到底理解できないが、それでも歩み寄ろうという意思は持っている。いつだってそうだ、強者が弱者に合わせなければいけないのだ。弱者ヤクザとでも言うべきかな? 己が弱者であることを盾に好き放題する輩が多くて嫌になるな、まったく。なぜ強くなろうとしない? 才能というのはいかんともしがたい物だが、努力せねば差は開く一方だぞ? 人間ってのは楽な方向に……」

「一二三でも九十九でも、なんでもいいですよ」


 さっさと要件を言えよ。なんで呼び名一つでそこまで脱線できるんだよ。


「そういうのが一番困る。お前はアレか? 母親に晩ごはん何食べたいか聞かれて、どちらでもいいという玉虫色の返答をするタイプか? 選択肢の多さゆえに困っているからリクエストを受け付けているというのに、そこでそのままパスを返してなんになるというのだ。そういうところが原因で、お前はうだつの上がらないサラリーマンなんだ。自営業が偉いとまでは言わんが、自営業という選択肢がある上でサラリーマンになるのと、それしか選択肢がないのではわけが違うぞ? 自分を社会の歯車だの企業戦士だの持ち上げている負け犬共は、見てて痛ましいよ。著名人の不倫を非難している輩も、不倫できるだけの甲斐性なしばかりだ。その気になれば愛人を作れるだけの男が、妻だけを愛するのは立派だ。しかし、作ろうと思っても作れない人間が自分の価値を上げようと……」

「一二三でお願いします!」


 一生喋るじゃん、この人。っていうか他者を見下し過ぎじゃない? そんなんだからサラリーマンをクビになったんだよ。お前も自営業っていう選択肢しかないから、そっちの道に行ったんだろうが。


「さて、一二三ひふみを呼び出した理由を単刀直入且つ、限りなく平たい表現でわかりやすく説明しよう。いやさ、別に一二三の理解力が乏しいとかそういう話をしているわけではないんだ。そりゃあ俺と比較すれば著しく低知能と言えるかもしれんが、それはお前に非があるわけではなく……」

「いいから要件を!」


 なるべく抑え気味に怒鳴りつける。無駄な語りを止めないと、そろそろ先輩の伊達メガネを粉砕しかねない。


「それだよ、それ。それそれそれ、はぁぁぁぁ、ソイヤソイヤソイヤ。どういうわけかお前は、人の話を最後まで聞こうとしないだろう? ああ、さっきのはただのよくわからないノリだ。俺にも人並にパリピ魂があるわけで……」

「あの、先輩の人となりは既に存じ上げておりますので、とにかく要件を」


 この人、頭だけは良いはずなんだけど、微塵も感じないんだよな。能ある鷹は爪を隠すとかじゃなくて、純粋に爪の出し方を知らないというか。


「相変わらずせっかちだな。まあいい、これを見たまえ。何かわかるか? そう、今流行りのVRだ。え? そこまで流行っていない? いいや、そんなことはない。偉い人が昔言ってただろ? 枯れた思考のうんたらかんたらって。現時点ではVRが高いから普及しづらくなってるけど、いずれは安価で手に入る時代が来る。いや、俺のこの手によってその時代が来るのだ。俺の手でブルーオーシャンを赤く染め上げてみせるさ。ここまで言えば察しの悪い浅学非才のお前でもわかるだろ?」


 あんまり聞いてなかったけど、VRゲームを開発したんだろうなってのはなんとなくわかる。優秀なのに会社を追い出されたのは、やはり性格の問題なんだろうな。


「先輩、ゲーム作り好きですもんね。まさかVRゲームまで作るとは」

「うむ、さっそくだがテストプレイヤーになってくれるか? まあ、デバッガーのバイトだと思ってくれればいい。給料については、昨日送ったシンプルなメッセージに書いてある通りさ。確定申告とかは自分でしてくれよ。さすがにそこまで世話をする気にはなれないし、人生ってのは何事も経験さ。一度くらいは自分で確定申告をするべきだよ。まあ二年目からは税理士を雇ったほうがいいけどね。基本的には無駄な時間なんだよ、確定申告なんてものはさ。その時間を使って稼いだほうが賢いよ。いつまでも自分で確定申告している個人事業主は、一度考え直したほうが良い。税理士に依頼する余裕がない時点で、個人事業主向いてないんだよなぁ。まあ俺も社会人という凡人でもできることをできなかったわけだし、あんまり偉そうなことは言えないんだけどな。ああ、そうそう。このゲームは一度プレイしたらクリアするか、絶命するまでやめることができないから要注意な。それにしてもVRゲームっつーのは、一般的なゲームよりも作るのが難しいんだな。結構壮大なRPGを作ったんだけど、よく一人で完成させたもんだよ。謙虚さに定評がある俺だが、こればかりは自画自賛しても許されるよな? ああ、BGMとかはさすがにフリーだぞ? 3Dモデルとかも外注したけど、まあお金を出した俺の力ってことで……。ほら、アレだよ。あの漫画、アレ、アレだよ。タイトルちょっと出てこないけど、地球上の皆から元気を集めて放つ技あるじゃん? じゃあ結局ラスボスを倒したのは誰なんだって話になったら、それはその技を放った主人公じゃん? つまり俺はクリエイターという名の元気を集めることで……」

「これを被ればいいんスね?」


 先輩の戯言が鬱陶しいので、VRのゴーグルを装着した。

 それにしても、まさか給料が出るとは思わなかったよ。集合時間しか読んでなかったから、知らんかったよ。


「話が早くて助かるな、お前は。じゃあスイッチを入れた瞬間スタートだから、覚悟しろよ。知りたいことがあったらゲーム内のヘルプを使ってくれ。プレイ中、俺は一切干渉することができないからな。しかしお前、本当にプレイしてくれるとは思わなかったぞ。あーあ、知ーらね」


 ん? 今何か気になることを……あっ、意識が……。

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