5 炎槍の魔法少女は少女の闇を知る
ついに泣き出してしまったパチルの肩を、エレナはぽんぽんと叩いた。
「パチル、大丈夫か? ――ごめんな、あんなこと言っちゃって」
「やっぱり私は……だめなのです、だめなのです、みんなに嫌われるのです……」
パチルはボロボロ涙を流しながら、ブツブツ何かを言っている。
エレナはもう一度ハンカチを取り出し、パチルに渡した。
「みんなに嫌われるなんて、そんなことないぜ? まあ、気が晴れるまで泣いていいからな」
パチルはハンカチを受け取り、目を覆って泣き出す。
(――まずは報告しないとね)
エレナはベルトポーチから通信機を取り出し、通信ボタンを押した。
「こちらエレナ、討伐完了です。
エレナは狼の妖獣がいたところのブロック塀を見た。
ヒビが蜘蛛の巣のように広がり、いつ崩れてもおかしくなさそうである。
「――事後処理部隊をお願いします」
5「炎槍の魔法少女は少女の闇を知る」
「――事後処理部隊をお願いします」
『了解です』
夜勤の魔法少女による短い返答のあと、ツーツーという音とともに通信が切れる。
エレナはポーチに通信機をしまうと、パチルに向き直った。
すでに泣き止んでおり、こちらの方を見上げている。
『なあエレナ……俺、今気づいたんだけど……』イグニーが震え声で言った。
『このガキ……すごい魔力を持ってるぜ……』
精霊は魔力に敏感だ。だからエレナたちは妖獣の接近に気がつくことができる。
だがエレナにとって、イグニーの様子がこんなにもおかしくなったのは初めてだった。
「……あの、聞きたいんですけど……」パチルがおどおどと言った。
「何?」
「エレナさんには、精霊が埋め込まれてるのです?」
エレナとイグニーの会話を聞いてたように、パチルは聞いた。
それに今、パチルは「精霊」と言っていた。ということは、つまり……。
「そうだが……やっぱりあんた、魔法少女なのか?」
「そうだとおもうのです……エレナさんが、そういうなら」
エレナは思った。やはりこれはおかしいと。
そもそも魔法少女になるには、妖獣や魔法についてそれなりの知識を持ち合わせている必要がある。
それなのにこの少女は、魔法少女の定義すら知らないのだ。
(もしかしたら、パチルはなにかしらとんでもない闇を抱えてるのかもな……)
深入りするのはやめておこう、とエレナは考えた。トラウマを深堀りされることの苦しみを、エレナは身を持って知っていたのだ。
「思うって、あんた、魔法少女について何も知らないのか? ほんとに何も?」
「はい……何も」
(じゃあ、パチルはどうやって魔法少女になったんだ……?)
エレナが知っている限り、魔法少女になるには「契約」が必要である。
契約とは、異空間に存在する精神生命体「精霊」を、少女の意識の中に間借りさせることだ。
契約を行った少女は晴れて魔法少女となり、魔法という物理法則云々を無視した技を使うことができるのである。
契約の話に戻ろう。
契約は、強引に行われるものではない。
そもそも契約の履行には、本人の同意が必須条件の一つなのだ。
同意抜きで契約をすると、相反する意思によって肉体がどろどろに溶けるという。
――とすればどうして、パチルは今日まで肉体が壊れずにすんだのだろう?
『……このガキ――パチル、だっけ? まあそれはいいとして……こいつは確かに魔法少女だが、魔力がすっごく変だ……』
「え? どういうこと――」
『俺たち精霊は魔法少女の意識を間借りして生きてるだろ? だから普通の魔法少女から感じるのは意識下にある精霊の魔力だけなんだ。でも、このガキは違う……肉体そのものから魔力を感じる……これじゃまるで――』
「私自身が精霊、ってことなのです?」
パチルが話をさえぎった。
それと同時にエレナの中で疑問が渦巻いた。
エレナは自分自身が精霊という魔法少女を、一度も聞いたことがない。
魔法少女が意識の一部を貸してくれるから、精霊は現世に干渉できる。精霊が力を貸してくれるから、魔法少女は変身して戦える。
エレナだけじゃない、魔法少女はみんなそうだ。
というか、今──
「聞こえてたのか? イグニーの声が」
「はい……今話してるのが、イグニーなんですよね?」
「ああ、そうだな……じゃあ、パチルは精霊と話ができるのか?」
「ん? いや、聞こえてくるだけなんですけど――」
エレナは耳を疑う。
いくら魔法少女だといえ、他の魔法少女の契約精霊の話を聞くなんて出来るもんじゃないし、固有魔法でも聞いたこともない。
(そんなことが出来るなんて、それこそ精霊くらいしかないな……)
『多分これ、「精霊と混ざってる」な……俺にはそれしか思いつかない』
「……そんなこと、ある?」
イグニーは分かってるみたいだが、正直なところエレナにはよく分からない。
一体、どういうことなのか……とエレナが思っていると。
「エレナーっ!」
突然大声とともに、エレナとパチルの間に水色のなにかが割り込んできた。
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