4 炎槍の魔法少女は妖獣と戦う

 エレナは今、狼型の妖獣と相対している。

 漆黒の体に白目だけの眼球が見え、周りには墨のような煙が立ち上っている。

 

『変身するんだ!』


 エレナの中にいる炎の精霊「イグニー」が、変身のための魔素を貸す。

 エレナは胸に手を当てると、魔法少女へと変身するための短詠唱を唱えた。


4「炎槍の魔法少女は妖獣と戦う」

 

「――【解放リリース】!」


 その瞬間エレナの体が光に包まれる。

 次の瞬間エレナは赤色をベースに黄色のアクセントがついたフレアドレスに変身した。

 加えて背丈よりも大きな真紅の槍を持ち、短かった髪は群青のロングヘアーになっている。これがエレナの魔法少女としての姿だ。

 

『強敵だな……多分C3クラスだ』

「C3!?」


 C3クラス。

 今から戦う妖獣のクラスを聞いて、エレナはつい大声を上げてしまう。

 魔法少女も妖獣も、アルファベットとその後の数字でクラス分けされる。

 Fが最低クラスでSが最強、数字は5が1番低くて1が一番強い。

 今のエレナがC5クラスの魔法少女であることを考えると、2クラスも差があるのである。

 

 ひとつ格が変わるだけで、魔法少女も妖獣も強さがかなり変わる。2つならなおさらだ。

 C3クラスの妖獣は、エレナも戦ったことがある――たった一度だけだが。

 その時は倒すことは出来たものの、同じC5クラス2人とC4の先輩が一人、合計4名の魔法少女がいてようやくといった、まあ要するにギリギリの戦いだった。

 

「……こりゃ、相当不利ね……」


 格上相手に、しかも無力な少女を庇いながらの戦い。

 はたから見れば無謀としか言えないが、逃げる事はできない。

 おそらく背を向いた瞬間、一瞬で爪に貫かれるだろう。


 狼の妖獣は、声も漏らさずに幾度とコンクリートの地面を蹴る。

 獲物を翻弄すべく両脇のブロック塀を蹴って跳び回り、15センチはゆうに超えそうな鋭い爪で時折エレナの命を奪おうとする。

 エレナの目では微かに残像が見えるくらいで、正直動きに全くついて行けない。

 それでもエレナは巧みに体をしならせ、紙一重の距離で避け続けていた。


(もうそろそろ、攻撃しないと……)


 体力だって限界がある。その上攻撃しなければ倒せない。

 だが、この暗さでは妖獣の場所を把握することさえ難しい。場所がわからなければ、直接攻撃することもかなわない。

 しかしエレナは魔法少女だ。そのうえ炎、つまり火を操る魔法が得意だ。

 炎を操るということは、何も攻撃にしか使えないわけではない――


「――【集い光れバーサ・グランツ】」


 エレナが呪文を唱えると、狼の妖獣を囲い込むようにオレンジ色の炎の壁が上がる。

 妖獣は炎に照らされ、炎越しにその姿が浮かび上がった。

 無から炎を発生させる魔法、「バーサ・グランツ」。

 エレナはこの魔法で視界を確保するとともに、妖獣の動きを封じたのである。

 

(あとは火だるまにするだけよ!)

 

 エレナは炎の円を急速に狭め、狼の妖獣を火だるまにする。

 10秒ほど火柱が上がっていたが、そこでエレナの魔素がなくなり、オレンジ色の炎も消え去った。

 狼の妖獣は体中にやけどをしていたが、それでもまだ生きている。

 足を引きずりながら、30メートルほど離れていたところで火柱を操っていたエレナに向かって、ゆっくりと歩み寄ってくる――


「ごめ──」


 変身が解けたエレナが、諦めの声を漏らしかけたのと同時。

 直ぐ側で見ていたパチルが、エレナの前に来て言った。


「――私が助けるのです!」


  ▽ ▼ ▽


(エレナさんが、死んじゃうのです!)

 

 火だるまになってもピンピンしている狼の妖獣を遠くから見て、パチルは危機感を感じた。


「エディ、どうすれば――」

『あなたも変身するのよ!』エディが頭の中で叫んだ。

「へ、変身?」

『あの子の中にも精霊がいるの! あの子ができるなら、きっとパチルもできるわよ!』

「……でも、できるかどうかわからないのです」

『ダメ元でやってみて! 呪文を唱えるだけならタダでしょ!』

 

 そう言っている間にも、狼の妖獣はどんどんどんどん近づいていく。

 しかもそこでエレナの変身が解けた。

 

「ごめ――」


 エレナが諦めの声を漏らしかけたのと同時。

 パチルはエレナの前に立っていた。

 

「――私が助けるのです!」

「無謀よ! 死んじゃうわ!」

「それはわかってるのです! ――【解放リリース】!」


 パチルは見よう見まねの変身呪文を唱える。

 次の瞬間パチルの体は光に包まれ、パチルは魔法少女としての姿に変身した。

 黒色にペールピンクのアクセントが付いたフード付きのローブに、同じく黒色とピンクの長靴。

 そして特徴的なのは、両手足首についた色鮮やかな足枷と、専用武器であろう鎖付きの鎌だった。


「え? あ、あんたって、ま、まさか――」


 エレナが唖然とした声を上げるが、今のパチルが気にしてられる余裕はない。

 パチルは手に持っている鎖を見た。


(――これが私の武器なのですか?)


 パチルが握っている、紺色の鎖。

 20センチぐらいの鎖の先に、小さな鎌のようなものがついている。

 はたから見れば立派な武器なのだが、いかんせん鎖が短すぎる。

 いくら振り回しても、届く前に引き裂かれるだろう。


(どうすれば、どうすれば――?)


 パチルが頭をフル回転させていると、頭の中で聞き覚えのある声が響いた。エディの声だ。


『――鎖であの狼を縛って!』

「短すぎるのです!」

『頭の中で狼を縛ってるのを、はっきりと思い浮かべて!』


 パチルは言われた通り、狼が鎖で動けなくなってる様子を思い浮かべた。


『思い浮かべたなら、「チェイン・クライン」って唱えるの!』

「わかったのです! ――【縛れチェイン・クライン】!」


 そう言うと紺色の鎖が狼の前足と後ろ足に現れ、アスファルトへ固定する。

 妖獣は動けなくなり、そのままバランスを崩し倒れ込んだ。


『背中が弱点よ! その鎌でぶっ刺して!』


 パチルは言われた通り背中の方へいく。

 すると背中の真ん中の方に、赤く光るルビーのようなトゲがあった。


『ここよ! 突き刺して!』


 パチルは言われた通りトゲに鎌を突き刺した。

 すると狼の妖獣は暴れながら、まるで空気中へと溶けていくかのように消えていった。


「ミッション、コンプリートなのです!」


 パチルは鎌を上に伸ばしポーズを決める。

 その後エレナの方へ駆け寄り、怪我を確認した。

 

「エレナさん、怪我は――」

「――来ないで!」

 

 エレナはつい、手をふり払ってしまった。

 しかし、すぐに「やってしまった」と我に返った。


(早く、謝らないと――)


 しかし、もう遅かった。

 パチルは拒絶されたことに絶望し、目から涙が流れ始めていた。

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