2 闇系アホの子はナンパ男をぼこす
とりあえず、服はゴミ捨て場にあったやつでなんとかした。
ぶかぶかで泥まみれだが、それでも血まみれよりかはましである。
パチルがゴミ捨て場を出ると、そこはまさに貧民街のようなところだった。
建物はみなぼろぼろで、ホームレスの物乞いもいれば、銃で武装したいかついおっさんだっている。
(……とりあえず、交番がどこにあるか誰かに訊くのです)
パチルは決意すると、パチルはすぐそばにいた「これ明らかに物乞いだろ」な男に近づいた。
話しかけようとするが、なかなか一歩を踏み出せない。
そうドギマギしていると、上の方から声をかけられた。
2「闇系アホの子はナンパ男をボコす」
「やあ、そこの君!」
驚いて上を見上げると、そこには髪を金色に染めた青年がいた。
憐れみの顔を浮かべて、背の低いパチルを見下ろしている。
「どうしたんだい? そんな泥まみれの服着て……」
「……」
パチルは黙った。
(どうやって説明すればいいのです、そもそも信じてくれるかわからないのです……)
パチルは誘拐されてからというもの、ろくにまともな会話をしたことがなかった。もちろん、身の上話をしたことだってない。
パチルの額から汗が噴き出る。どうしよう、どうしよう――
(逃げるのです!)
パチルは渾身の力で地面をけり、青年の視界から逃げ出した。
(裏路地に行って逃げ切るのです!)
こういう時は大通りに行くのがセオリーだろうが、まだアホの子が残っていたパチルは裏路地へと逃げ込んでしまった。
(こ、ここまで逃げ切れば――)
そういって足を止めた――しかし、そこでパチルの肩はがっしりとつかまれた。
「――ほら、捕まえた!」
パチルの肩ががっしりとつかまれる。
振り向くと、そこには例の青年。
すでに彼の顔に憐れみの表情はなく、下心満載な顔へと変わっていた。
「油断大敵だね、子猫ちゃん? ――そもそも裏路地に逃げ込むこと自体が悪手だと俺は思うけど……ま、今は悔やむぐらいしかできないだろうがね!」
「う、うう……」
「銃持ってるから、動いたら撃ち殺されちゃうよ~?」青年はポシェットに入れた銃を空中に浮遊させた。
「え、なんで浮いてるの――」パチルは思わず聞いた。
「あ、これ? 実は俺、異能使いなんだわ」青年はサラッと言った。
「詳しくは話さないよ? 「能ある鷹は爪を隠す」っていうからね!」
異能使い。
それは「異能」とよばれる物理法則云々を無視した能力を操る人々の総称である――パチルが知っていたのはこれぐらいだったが、とにかくこいつはヤバイ奴だとパチルは察した。
「話変わるけどさ、逃亡の罪は重いからね? とりあえず……」青年は少し考えた顔をして続けた。
「――アジトで一発やっちゃう?」
(これ、明らかにやばいやつなのです……)
パチルの心に恐怖の波が押し寄せる。
おそらくこのままいけば、パチルはレイプされた上に殺されるだろう。
「――名前言わないけどさ、俺、それなりの組織の幹部なんだわ」
それなりの組織。
おそらくマフィアや「ラボラトリー」のような「明らかにヤバイ奴」のことだろう。
本当かどうかはわからない。でももし本当なら、逃げても追っ手が来かねないのでは?
(どうするのです、どうするのです――)
パチルは頭をフル回転させたが、それでも解決策は思いつかない。
「だ、だれか、助け――」
パチルがかすれた声で助けを求めた、その時。
『パチル! 妖獣を召喚するのよ!』
パチルの頭の中で、女の子の声が聞こえた。
これはパチルに埋め込まれた精霊、エディの声である。
「『ラボラトリー』から脱出するために魔法を使わない」という作戦も、エディの助言があってこそ成り立ったようなものだった。
「で、でも……そんなの知らないのです」
『呪文を唱えるのよ!【
知らない呪文なうえ難しそうだが、とりあえずパチルはやってみることにした。
「――【
すると――
ぐわーん! という禍々しい音とともに、パチルの周りで墨のように黒い煙が沸き立つ。
黒い煙――というより墨だ――はパチルのすぐ右隣に集約し、あっというまに黒いライオンの形になった。
「おい、おい、何だ――?」青年は後ずさりした。
「え……?」
パチルが唖然としている間に、黒いライオンは喉をそらして一声鳴いた。
がおーん!
青年に黒いライオンが飛びかかる。
青年は異能を使い、指一本も触らずに黒いライオンへごみ集積ボックスを投げつける。
だが黒いライオンは避け、グルルルと青年に向かって喉を鳴らした。
青年はピストルを構えてライオンに銃弾を放つ。だが効果は見当たらない。
銃弾が効かないと察したのか、青年は10発ほど打つと逃げ出した。
しかし人間がライオンに鬼ごっこで勝てるわけがない。
ライオンは青年に追いつき、青年の背中に頭突きを繰り出した。
「ぐはあっ!?」
青年は前のめりになって倒れる。ライオンはがらあきになった青年の背中を踏みつけた。
「大丈夫なのです!?」
自分をレイプしようとした相手を心配するあたり、まだパチルはアホの子である。
青年のもとにパチルが駆け寄ると、ライオンはシュッと音を立てて消えた。
だが青年は立ち上がろうとしない。ついでにいうとアスファルトに血を吐いている。もう長くはないだろう。
かすれた声でなにか言っている。パチルは耳を傾けた。
「……お、お前、ガキのくせして……どうなるかわかってるだろうな、俺はあの「西木田ファミリー」の未来のボスだからな……」
しかし、続く言葉はなかった。青年は、すでに息絶えていた。
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