第44話 尾張潜入

**義信の死に際しての三条殿の発狂**


永禄10年、武田義信(竹内涼真)の病死は武田家に衝撃を与えた。三条殿(吉田羊)はその知らせを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。義信を幽閉した城の冷たい石壁が、彼女の心を締め付けるように感じられた。彼女は信玄の冷酷さを思い出し、すべてが信玄のせいだと決めつけた。


「なぜ、なぜお前を見捨てたのか!」三条殿は絶叫した。その声は城の中に響き渡り、家臣たちは一瞬、足を止めた。


彼女は自室にこもり、義信のために用意していた衣装を抱えた。涙が止まらず、手が震える。彼女の心の中で、義信と過ごした幸福な日々が浮かび上がり、次第にその思い出が苦痛に変わっていった。


「もう戻らない…戻れない…」彼女はつぶやき、心の奥に封じ込めていた怒りが爆発した。全てを失った彼女の心は、絶望と狂気に飲み込まれていった。


その晩、三条殿は夢の中で義信に出会った。彼は微笑みながら「母上、悲しまないでください」と言った。しかし、目が覚めると、彼女は再び現実の残酷さに打ちひしがれた。


「私はどうすればいいの?」彼女は自分に問いかけたが、答えは見つからない。彼女は城の外に出て、風に吹かれる草木を見つめながら、自らの運命に抗う決意を固めた。


「もう一度、義信のために戦おう。すべてを取り戻すために…」三条殿は、その言葉を呟きながら、心の中で何かが変わり始めるのを感じていた。



 **三条殿が尾張に潜入した理由は、一族に迫る危機を察知したためだった。**


永禄の世、各地で暗躍する武将や剣士たちの間に、不気味な噂が広がっていた。尾張の奥深くに「骸骨武者」と「赤」という名の恐ろしい犬の首が出没し、村々を恐怖に陥れているという。この噂に、三条殿は何かしらの陰謀が絡んでいると直感し、単身で調査に乗り出した。


### 尾張潜入


三条殿が尾張に足を踏み入れると、彼女はすぐにその異様な空気を感じ取った。村人たちは一様に顔を伏せ、外に出る者は少ない。寺院や神社もまた、何かしらの怪異を恐れているようで、祈りが絶えない。


「骸骨武者、そして赤い犬の首…一体どこから現れたのか。」


三条殿は、自らの手がかりを掴むため、かつて尾張の豪族だった宇都宮家に仕える泰藤(金子賢)という男に接触した。彼は尾張で暗躍する一派を探っているというが、その正体は骸骨武者に取り憑かれているとも噂されていた。


### 宇都宮泰藤との遭遇


三条殿が廃寺に潜んでいる泰藤に出会ったとき、彼はすでに骸骨のような姿をしていた。彼の目は虚ろで、どこか別の世界に引き込まれているようだった。しかし、泰藤の背後に立っていたのは「赤」と呼ばれる、巨大な犬の首。まさに呪いの力そのものである。


「三条殿か…貴様がここに来たということは、すべてを知っているのだな。」


泰藤は微かに笑みを浮かべながらそう言った。骸骨と化した彼の声は、空虚でありながらもどこか鋭さを感じさせる。


「赤はすべてを食らい尽くす。それは、この国の終焉を告げる者だ。貴様には何もできぬ。」


しかし三条殿は、動じることなく静かに刀を抜いた。


「この国を脅かす者には、容赦はしない。例え骸骨であろうと、呪われた犬であろうと。」


### 戦闘の幕開け


戦いは一瞬で始まった。泰藤が骸骨武者として動き出すと、周囲の空気が一変し、重く淀んだものに変わった。骸骨の体は鋭い刃を持つ槍を自在に操り、三条殿に向かって猛攻を仕掛けてくる。その動きは人間のそれを超えており、まるで霊的な力によって操られているかのようだった。


一方で、巨大な犬の首「赤」は、恐ろしい咆哮を上げながら、空中を漂いながら三条殿に襲い掛かる。赤の牙は、何でもかみ砕く力を持っており、一撃でも当たれば致命傷となる。


三条殿はその二体の怪物を冷静に観察しながら、隙を見つける機会をうかがっていた。


「駆逐するしかない…」


### 決着


やがて、三条殿は「赤」の動きが骸骨武者の槍の動きと連動していることに気付く。まるで赤と泰藤の間に見えない糸が繋がっているかのようだった。彼女はその糸を断つため、泰藤の防御をかわしつつ、犬の首に一撃を加えるための機会を探る。


そして、絶好の瞬間が訪れた。泰藤が大きな槍を振り下ろした瞬間、三条殿はその槍を避けると同時に、赤の首に跳びかかり、剛剣を振るった。その一撃は、見事に赤の喉元を貫き、呪いの源である犬の首を断ち切ったのだ。


「ぐっ…まさか…」


赤の消滅により、泰藤は膝をつき、その体が崩れ落ちていった。骸骨の姿は次第に人間の姿に戻り、泰藤は無念そうな表情を浮かべながら、最後の言葉を残した。


「貴様が…止めたのか…しかし…まだ、終わらぬ…」


 その言葉を聞きながら、三条殿は泰藤に黙祷を捧げ、再び刀を鞘に納めた。


 **永禄10年(1567年)— 武田と今川の同盟関係の悪化**


 永禄10年の初め、武田信玄の軍は依然として強大な影響力を保っていたが、今川氏との関係は急速に悪化していた。今川氏の甲州への塩止めが行われ、交易停止の影響は双方の領国に深刻な影響を及ぼすこととなった。


### 一触即発の緊張


 武田家の本拠地である甲府では、家臣たちが不安の色を隠せずに集まっていた。信玄はその厳しい表情のまま、家臣団の前に立った。「今川氏との同盟が崩れつつある。これは我々にとって致命的な事態だ。士族として、力を合わせてこの危機を乗り越えなければならん!」


 信玄の言葉は、今川氏との同盟がいかに重要であったかを物語っていた。今川義元の死から数年が経ち、今川氏真の指導力に不安が広がっていた。この状況が、今川氏の商業的な動きに影響を及ぼすのは明白だった。


### 議論と対立


 甲府では、信玄の忠実な家臣たちがこの問題を議論していた。武田の軍師、山県昌景が口を開く。「今川氏が塩を止めた理由は何か?彼らは信玄様の圧力を恐れ、また、領土を拡張しようと考えているのかもしれません。」


 甘利昌忠も意見を述べた。「いや、今川は我々の経済的圧迫を受けており、我々が対抗策を講じる前に何らかの措置を講じる必要がある。」


緊張した空気が流れる中、信玄は冷静さを保ちつつ、「今川との同盟は長年にわたって築かれたものだ。しかし、彼らが我々を裏切るなら、我々も対応しなければならない。」と答えた。


### 反撃の決意


 数ヶ月後、武田と今川の関係はさらに悪化し、最終的に対立が激化する兆しが見え始めた。信玄は、今川氏に対抗するための軍事準備を整え、彼の武将たちに指示を出す。「すぐに兵を整え、今川氏の動向を注視せよ。私たちが攻撃される前に、我々が先手を打つのだ」


 武田軍は迅速に動き出し、部隊を編成して今川に対する備えを固めた。甲州の土壌を揺るがすような戦が始まる予兆を感じさせた。信玄の心には、勝利のためにすべてを捧げる決意が宿っていた。


### 決戦の幕開け


 その後、今川氏の動きがさらに強まる中、武田と今川の間で緊張感が高まり続けた。今川の領土への侵入や、貿易の妨害が行われる中、武田信玄はついに決断を下す。


「我々はこれ以上、今川に脅かされるわけにはいかん。出陣し、直接対峙する。今川氏に我々の力を見せつけるのだ!」


こうして、武田信玄と今川氏との間の戦火は再び灯り、永禄10年の冬、甲州の地で壮絶な戦いが始まることとなった。信玄の名は戦場で轟き、彼の武勇が語り継がれることになる。

内陸国に領地を持つ武田信玄は、同盟国の駿河国(静岡県)から食塩や魚介類を輸入していた。ところが1567年(永禄10年)、東海方面への進出を企てた信玄は13年間に及ぶ駿河国の今川氏との甲相駿三国同盟を破棄し、これを受けた今川氏真は自国に加え縁戚関係にあった相模国(神奈川県)の北条氏康の協力を仰ぎ、武田領内への塩留(塩止め)すなわち食塩の禁輸政策をとった。これにより、信玄の領民は生活が困窮し、健康被害が懸念される事態となった。


そしてこれを見た越後国(新潟県)の上杉謙信が、敵対していた武田の領民の苦難を救うべく日本海側の食塩を送った、という伝説から「敵に塩を送る」ということわざが生まれた、とされている。




 

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