第30話 第二次川中島の戦い

 天文24年(1555年)、長野の川中島にて、武田信玄(阿部寛)と長尾景虎(綾野剛)の間で第2次川中島の戦いが繰り広げられた。この戦は両軍の軍略と力がぶつかり合い、激しい対立の様相を呈していた。


 武田方は、善光寺別当である栗田永寿(橋本じゅん。SKYキャッスル、ハヤブサ消防団に登場)が籠る旭山城を重要な拠点として、川中島の防衛にあたっていた。一方、長尾景虎はその旭山城を脅かすべく、裾花川を挟んだ対岸に新たに葛山城を築き、包囲網を強化していた。両軍は川中島の地で睨み合いを続け、200日余にわたって対峙する緊迫した状況が続いていた。


 戦場の空気


 朝焼けが川中島を照らし、戦の火蓋が切って落とされる。長尾景虎は、神懸かりの如き激しさで軍勢を指揮し、敵陣に突撃を命じた。彼の旗印「毘沙門天」が翻り、そのもとで兵士たちは一丸となって進撃する。景虎自身、前線に立ち、冷徹な眼差しで武田軍を見据えていた。彼は常に自らの剣を振るい、敵を斬り倒す姿がまるで戦神のようであった。


 一方の武田軍も、信玄の巧妙な戦術の下、守りを固めていた。旭山城を中心にした布陣は堅固で、信玄の采配が光る。彼は兵の配置を絶え間なく調整し、敵の動きを先読みしていた。「兵を少なくとも、多く見せよ」という彼の教えがここでも生かされ、敵に圧力をかけ続けた。


 戦場は血と火に包まれ、剣と槍が交錯する中で、凄まじい叫び声が響く。兵士たちは一瞬の油断も許さない激闘を繰り広げ、命をかけて戦い抜いていた。


三条殿の見守る視線


 その戦場を、離れた場所からじっと見守る者がいた。三条殿(吉田羊)である。彼女は密かにこの戦の成り行きを見極めるため、戦場の近くに潜入していた。三条殿の任務は、武田軍の動向を観察し、必要に応じて報告を行うことだった。


 しかし、ただの傍観者ではなかった。彼女の目には、武田信玄と長尾景虎という二人の天才が織りなす戦略と力のぶつかり合いが映っていた。彼女はこの戦いが、ただの軍事的な勝敗を超えた、二つの異なる信念と武道の衝突であることを感じ取っていた。


 三条殿は自身の力を試すために、この激戦の中に飛び込もうかと一瞬考えた。しかし、彼女の任務は戦うことではなく、戦場の動向を見極めること。彼女は冷静さを取り戻し、今はただ見守ることに徹する。


 戦場で飛び交う矢の音、鉄のぶつかり合う響き、兵士たちの悲鳴と勝利を願う叫びが三条殿の耳に届く。彼女は静かに「パイシオン」を発動し、より深く戦局を分析した。この技により、戦場の動きや兵士たちの心理状態まで見通すことができたのだ。


和睦と撤退


 長尾軍と武田軍の対陣が200日余り続いた中、両軍とも疲弊しきっていた。そこで、今川義元(山崎育三郎)の仲介によって和睦が成立することになった。武田方は旭山城の破砕を条件に和睦に応じ、両軍は一時撤兵することとなる。


 三条殿は、その撤退の様子を見届けながら、戦の一時的な終結に安堵した。しかし、彼の胸には何か割り切れない思いが残っていた。これで終わりではない。武田信玄と長尾景虎の戦いは、まだまだ続くであろうという確信があった。


 両軍の撤兵後、静かになった川中島の地には、戦の傷跡が深く残されていた。三条殿は静かにその場を後にし、新たな任務へと向かうのだった。


 三条殿の母(吉永小百合)が結核を患ったのは、長野盆地の南側にそびえる冠着山のふもとにある静かな屋敷でのことだった。山の頂に立つと、遠くまで見渡せる美しい景色が広がり、四季折々の自然が周囲を彩っていた。しかし、その美しさとは裏腹に、三条殿の心は重く沈んでいた。


 母が結核に倒れ、日ごとに衰弱していく姿を目の当たりにするのは、彼女にとって耐えがたい苦痛であった。当時の医学では結核の治療は難しく、母の命が長くないことは誰の目にも明らかだった。三条殿は心の中で祈りながらも、母の最期の時が迫っていることを感じ取っていた。


 ある晩、冠着山のふもとの屋敷に淡い月光が差し込む中、母は三条殿を呼び寄せた。やせ細った手を握りしめながら、母は静かに語り始めた。


「三条……姨捨山の伝説を知っているかい?」


 三条殿は頷きながら、幼い頃に聞かされたその古い伝説を思い出した。姨捨山――それは、かつて老人たちが見捨てられたという悲しい伝説が残る場所だった。冠着山は、まさにその姨捨山として語り継がれている。年老いた親を見捨て、山に捨てに行くという残酷な話だが、そこには親の愛が隠されているとも伝えられていた。


「お前は決してわたしを見捨てることはないだろう」と母は微笑んだが、その言葉には深い哀しみが含まれていた。「けれど、私はもうすぐ旅立つ。お前には、武田家に仕えながら強く生きていかねばならない運命がある……。自分の使命を全うするのだよ。」


 三条殿は母の手を強く握りしめ、涙を堪えていた。母の言葉は、まるで彼女を一人前の武士として送り出すような覚悟が感じられた。三条殿はその場で決意を新たにした。母を捨てることなく、心に強い絆を持ち続け、武田家のために自らの力を尽くすと。


 日が経つにつれ、母の体力はさらに衰え、ある静かな朝に息を引き取った。冠着山から見える美しい景色が、その死を見守っていたかのように、穏やかな空が広がっていた。


 その後、三条殿は母の教えを胸に刻み、武田信玄に仕える女性武士としてさらに強く成長していく。結核に倒れた母の姿は、彼女に「強さ」と「慈悲」の両方を教え、その後の彼女の生き方に大きな影響を与えたのだった。



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