たもつくん 第四話
「白鳥さん、少しいい?」
「え?あっ、はい」
「私たちのグループのことで話したいことがあるんだけど…」
「あっ、はい。僕も少し話したいことがあるのでぜひ」
僕は突然あげはさんから声をかけられてびっくりしてしまったが、此方からも声をかけようと思っていたので都合がよかった。
「ここじゃなんだから作業所明けに話さない?」
「わかりました。僕は特に予定がないのでいつでも」
「じゃ、早速だけど今日はどう?」
「大丈夫です。今日、駅前のドトールでどうですか?」
「うん。そうしましょ。駅前のドトールで待ち合わせで」
「はい」
「じゃ、残りの作業頑張りましょ」
「多分、午後も箱折りですよね、頑張らないと」
僕はなんとなくほっとした気分になっていた。たもつ君と話すことを決めていたけど、どうやって話す場面を作ろうかと悩んでいたから。あげはさんと話すことでその突破口が開けるかもしれない。そう思うと少しだけ気が楽になる。
作業所が終わりドトールへ行くと、まばらな客入りが平日の昼下がりを思わせる。あげはさんは奥の席の一人掛け用のカウンターに座っていた。彼女は日々の生活に疲れた主婦が息抜きにドトールに来たといった雰囲気を醸し出している。僕はあげはさんのことを「のんびりとした雰囲気を持ちつつしっかりとした一面がある人」という印象を持っていたので、あまりの違いにびっくりしてしまった。作業所明けで疲れているのだろう。負のオーラを感じる。
「お疲れ様です。お待たせしてすみません」
「お疲れ様です。掃除当番だもんね」
「はい。ばっちり掃除してきました。それにしても今日は疲れましたね。新しい作業が入って」
「白鳥さん、苦戦してたね、箱折り。合わない感じ?」
「そんなことはないんですけど、いまいち集中力が乗らない日で。そんな日ってありません?」
「わかる。なにかが合わない日ってあるね。すべてがずれている一日」
「そうそう。今日はなんかしっくりこない一日で。なので声をかけてもらえてよかったです」
「それだったらよかった。迷惑だったらどうしようと思っていたから」
「そんなことないですよ。僕もたもつ君のことを誰かと話したかったし、あっ、コーヒー頼んできますね」
「いってらっしゃい」
僕はレジまで行き、アメリカンコーヒーを注文した。レジの女の子は優しい笑顔を浮かべ、のんびりと時間を使ってアメリカンコーヒーを準備してくれた。僕も少しだけのんびりとした気分になり、どこかほっとする。これから真面目な話になるからとてもありがたかった。
席に戻るとあげはさんはいつも通りのあげはさんになっていた。
「本題に入るけど、最近のたもつ君、どう思う?」
あげはさんは少し重めのトーンで話す。
「人が変わったみたいですね。社会人としては模範的ではあるけど、急な変わりように驚いてます」
「だよね。わたしもびっくりしてる。渡辺君とのことがこたえたのかな…」
「確かにそれもあるでしょうが…たもつ君じゃないみたいです。彼の能力を超えているような気がします」
「うん。わたしもそれはそうだと思う。彼にはあそこまでの一般常識や社会経験はないはずだし、学ぶ機会もなかったと思う。なにがどうなっちゃってるのかしら」
「実は僕もたもつ君のことが心配で知り合いに相談したんです。そうしたら、
「さすがにそれは…あって洗脳とかその辺じゃない?」
「洗脳、確かにその可能性もありますね。ただ、一日であんな風に変えてしまうことは難しいかと」
「確かにね」
僕たちは彼についてあれこれと話してみたが、彼の変容についての答えは見つけられなかった。人鬼のことを抜いてしまうと手がかりさえないので、当然といえば当然だ。ワタリのことも含めて話し、あげはさんに信じてもらうことが出来れば違う角度から話が出来たが、僕は彼女とそこまでの信頼関係を作れていない。とてもではないがワタリのことは話せなかった。
そういうわけで時間ばかりを無駄にしてしまったが、僕たちは「お互いにたもつ君のことを気にしている」ということが共有できたのでそれはよかったと思う。この件で味方が出来たこと自体が心強い。
「あげはさん、実は僕、直接たもつ君と話してみようと思ってるんです。彼は意地悪でもないし、素直な人だと思ってます。なら、素直に彼と話し合えばある程度のことはわかるかもしれません」
「それがいいかもね。ここで話していてもなにもわからないだろうし、現状も変わらない…わたしも同席していいかしら?」
「ぜひ、お願いします。また、この宇宙が終わったあとの新しい宇宙について話したいですね」
「ふふ。機械人間の話しね?また、みんなで話したいわね、本当に…」
「そのためにもたもつ君に我を取り戻してもらわないとですね」
あげはさんは大きく頷き
「白鳥さんに相談してよかったわ。何となくだけど、白鳥さんはたもつ君のことを真剣に取り合ってくれると感じてたの。女の勘ね、わたしもまだまだ捨てたもんじゃないわ」
「はは、女性の勘はあたりますからね。たもつ君と話せる機会を作ります。グループのことで話があると言えば大丈夫でしょう」
「なるべく、急ぎたいわね。最近の作業所の雰囲気はうんざりなの」
「まったく。明日にでも話してみましょう。スタッフにも一声かけときます」
「そうね。そのほうがよさそうね。よろしくね」
「はい」
僕たちは冷めきったコーヒーの残りを飲んでそれぞれ家路に着いた。
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