までの話。
藍瀬
私にとって。
「別れよ」
「やだ、別れたくない」
目の前で泣きじゃくる子供のような男は、私の彼氏だ。
もうすぐ彼氏ではなくなるけど。
これは私が彼氏と別れるまでの話だ。
簡潔に説明すると、私は目の前にいる男が好きではなくなった。
そもそもの話だ。
私とこの男は周りに囃し立てられ渋々付き合っていた。
最初から、お互い本気で好きだとは思っていなかったはず。
それなのに、一年、二年と年月が流れてゆき、別れを切り出すタイミングがなかったのだ。
きっとお互いそうだと思っていた。
しかし、違ったらしい。
目の前にいる男は、私のことを本気で好いていた。
そうでもなければ、この男が号泣している理由はなんだ?ようやく別れられる!という嬉しさが溢れ出したのだろうか?
恐らくそれはないだろう。別れたくないと言っているのだから、そういうことなのだろう。
それはそうとして、だ。
私は今、大変困惑している。
まさか好かれているとは思ってもいなかった。
だから、この別れ話も「わかった、別れよう」で終わると思っていた。
私たちの関係はスッとなかったことになるのだと思っていた。
それが違った。違ったのだ。
とりあえず落ち着こう。
落ち着いてもう一度言おう。
私は一息おき、静かに言う。
「別れよう」
「やだ。理由聞いてない」
聞き間違えでもなんでもなかった。
ハッキリと「やだ」と言われてしまった。
困ったな。
理由なんて、「お互い好きじゃないんだから」と言うつもりしかなかったが、泣いている男を前に言えることではない。
別の言い訳を考えよう。
こう言う場面では、好きな人ができたから、と言うのが無難だろう。
だが、それがこの男に通じないことを私は知っている。
なぜなら、私が人と全く関わらないからだ。
付き合って数ヶ月なら通じただろう。
しかしそうではないのだ。
二年も付き合っている。
正確に言えば二年と十一ヶ月。もう一ヶ月で三年になる付き合いなのだ。
この年月が進む中、私は一度も友人と遊ぶ、など言ったことがない。
友人はいる。いるが、遊びに行きたいかと言われるとそうでもない。
そんな私にいきなり好きな人ができた?
鼻で笑われてもいいくらい、嘘が下手なやつになってしまう。
では、他に言い訳にできることはないだろうか。
親に別れろと言われた?家庭環境は恵まれている。それを言い訳にするのは両親に失礼すぎる。
第一そんな嘘は付きたくない。
一人の時間が欲しい?馬鹿言うな、私とこの男はデートなどしたことがない。
ほぼ家で一緒にゲームしてるくらいだ。
そして、それは付き合う前からやっていたことだ。
時間や頻度が増えたことも、一切ない。
それなら、他に何がある?
単純に好きじゃなくなったと言えばいいじゃないか。
と言うかそれを言いに来たはず。
では、そう伝えようじゃないか。
「好きじゃなくなったの」
「俺の何がいけなかったの?直すから考え直して」
おっと?
これは雲行きが怪しい。
そしてどこか胸が苦しい。絶壁には苦しむ胸もないが。
そうではなく苦しいのだ。
むしろ自分に問いかけよう。
私は本当にこの男を好きではなかったのだろうか?
それならもっと早く別れていたに違いない。
では、なぜ約三年も付き合っているのだろうか。
私はふと疑問を抱いた。
「一つ聞いてもいい?」
「なんでも答える、どうしたの」
「いつから私のこと好きだった?」
今まで、この男が私に好意を抱いてる様子はみえなかった。
だから気になった。この男はいつから私に好意を抱いていたのだろうと。
「付き合う前から好きだったよ」
うっそだろおい。
「むしろ、何が好きになったんだよ」
思わず聞いてしまった。
いや聞くしかないだろう。
そのような話、私は聞いたことございませんけど?
「まず、ゲームしてる時の楽しそうな姿が可愛い、冷たそうに見えて優しいところが良い、笑った顔、あとは…」
予想以上に多い。
それを今まで一切言わなかったのと、感じさせないのには何があった?
普通、囃し立てられたとして付き合えたのだから、それなりに欲は出しててもいいと思うが。
「あとは、別に俺のこと好きでもないのに一緒にいてくれるとこかな」
「バレてたのか」
「バレてるも何も、元々恋とか興味なかっただろうし、付き合ってても今までと変わらなかったから」
つらい思いをさせていたのではないだろうか。
不安になっていたが、心配はなさそうだった。
「俺はそんなとこ含め好きだったんだけど」
どうしたものか。
別れると言いに来たのに、言える状況ではなくなってしまった。
粘ろうと思っていたのに、それもできないじゃないか。
「やっぱ別れるのなしにしよか」
「え!?いいの?」
「いいのもなにも、私が気づいちゃったからね」
「何に?」
そう、気づいてしまったのだ。
私が、知らぬ間に
「あんたのこと好きだってことに」
「一生幸せにする、今ここで誓う」
何かを決心したように言うこの男、数分前まで泣きじゃくっていたとは思えない程、凛々しい顔つきをしている。
そして何かを誓われた気がしたが、私はスルーした。
気恥ずかしいのだ。
人を好きになったのを自覚して。
だから、とりあえず私は言った。
「ゲームしない?」
隣に座る男は返した。
「今日は負けない気がする」
これは、私が恋を自覚するまでの話だ。
までの話。 藍瀬 @aise_ototomo
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