第40話 霞の視点(4):温泉旅行で揺れる距離感
温泉旅行は、サークルのメンバーにとって特別なイベントだった。みんなでリラックスして、普段の忙しさを忘れて過ごせる時間。
でも、私にとってはそれ以上に、彩香ちゃん――いや、智也の正体を知った後の微妙な気持ちを抱えながら迎える初めての機会だった。
目の前の彩香ちゃんが本当は智也だと知った今、温泉旅行という状況にどう向き合うべきか、私自身も心の中で葛藤していた。
温泉に入る準備が進む中、私は彩香ちゃん(智也)の様子がいつも以上にぎこちないことに気づいていた。彼女は私たちと一緒に温泉に入ることを避けようとしているようだった。
「彩香、大丈夫?お風呂に入ろうよ。」
桜が無邪気に誘ったとき、彩香は軽く笑顔を作りながら「うん、あとで入るよ」と答えたけれど、その言葉にはどこか逃げるようなニュアンスがあった。
私はそのやり取りを見て、内心少し焦りを感じていた。彩香ちゃん――いや、智也が今この瞬間、どれほど緊張しているのかが痛いほど伝わってきたからだ。彼女は何とかして、私たちとの入浴を避けようとしている。その理由は当然だ。彼が男であるという事実がバレないために、最大限の注意を払っているのだから。
私自身も内心では動揺していた。智也の正体を知ってしまった今、同じ温泉に入ることがどうしても恥ずかしかった。今まで何も気にせず一緒に過ごしてきたけれど、彼が「彩香」として私たちと一緒にいることにどれだけのプレッシャーがあったのかを思うと、私も自然に振る舞うことができなくなっていた。
それでも、周りのメンバーに悟られないように努めていた。彼の秘密はまだ私しか知らない。だからこそ、私が冷静でいなければならないと自分に言い聞かせた。
「大丈夫、彩香ちゃんが一人でなんとかしてくれる…」
そう思いながら、私は彩香ちゃんを見守っていた。
お風呂に入る準備を進めているとき、私は自分の気持ちを落ち着かせるために、できるだけ自然に振る舞おうとしていた。けれど、気を緩めたその瞬間、私は大きな失態を犯してしまった。
脱衣所で服を脱いでいる最中、ついうっかりタオルを取るタイミングを間違え、みんなの前で少しだけ体を見せてしまった。
「…あっ!」
驚いて体を隠したものの、その瞬間、彩香ちゃん――智也が一瞬目を逸らすのが見えた。その表情は、明らかに戸惑いと動揺が混じっていた。
私は顔が赤くなり、心の中で強い恥ずかしさを感じた。もちろん、みんなは気づいていないけれど、智也だけは私のその一瞬の失態を目にしてしまった。
「なんでこんなミスを… もうお嫁に行けない…」
その場はすぐに収拾がついたけれど、私の心はその後もしばらく落ち着かなかった。智也の前で自分の体を見られるという状況に、今まで以上の恥ずかしさを感じていた。
その後、温泉の中で私はできるだけ彩香ちゃんとの距離を保とうとした。湯煙や濁り湯で思ったほど体を見られるリスクはなかったが彼がどれだけ気を使っているかは、私も十分に理解している。彼が気づかれないように必死に振る舞っている姿が痛々しく見えたからだ。
彼が私たちの前でバレずに振る舞っていることはすごいことだと思う。でも、だからこそ私自身もどう接すればいいのかがわからなくなってしまっていた。
「彩香ちゃんが男だなんて…」
その事実が頭の中でぐるぐると巡り続け、私は温泉旅行中ずっと、彼との距離をどう保つべきかに悩み続けていた。
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