第4話 女装生活とおトイレ問題

サークル活動が始まる中で、智也の心には別の不安が膨らんでいた。女子大で過ごすだけでも大変なのに、さらなる試練が彼を待ち受けていた。


その試練とは


――トイレの問題だ。


「どうしよう…トイレ…」


智也は部室で落ち着かず、サークルメンバーの顔を見つめた。美術サークルの活動は始まったばかりだったが、彼の頭の中はトイレのことでいっぱいだった。女子大のトイレは当然すべて女性用であり、女子になりすます彼にとって、その中に入る行為自体が巨大な壁だった。

来客や教師用に男子トイレもあることにはあるが今の格好で男子トイレに入ることも問題のような気がしていた。


「大丈夫、大丈夫…誰にも気づかれないはずだ…」


そう自分に言い聞かせても、実際に足を踏み入れる瞬間、心臓はバクバクと音を立てる。トイレのことを考えるたび、体が強張り、緊張がピークに達する。トイレに行かなければならない瞬間が近づいていることを実感し、焦燥感が増す。


「これはさすがに彩香に相談するしかない…」


智也はこっそりスマホを取り出し、妹の彩香にLINEを送った。


"彩香、マジでトイレどうしたらいい?バレたら終わりなんだけど…"


しばらくして、スマホが振動する。彩香からの返事だ。


"そんなに緊張しないで!大丈夫だって。ちゃんと女子っぽく振る舞っていれば、誰も気にしないよ。それに下着も徹底しているんだから、バレようがないって♪"


"いや、そういう問題じゃないんだって!"


智也は焦りながらも彩香の楽観的な調子に振り回される。彼女の言葉はあまりにも無責任すぎて、今の自分には何の助けにもならなかった。

「頼りにならない…」結局、彼は自分で決断するしかない状況に追い込まれた。


「もう限界だ…」


智也は静かに立ち上がり、周りに気づかれないようにトイレへ向かうことを決心した。体中の感覚が過敏になり、廊下の足音が妙に大きく聞こえ、鼻腔にかすかに香る清掃用具の匂いすら、普段より強く感じられた。


「落ち着け…ただのトイレだ。」


冷たい汗が額に滲むのを感じながら、彼は女子トイレのドアの前で立ち止まった。目の前にあるのは普通のトイレのはずなのに、今はとてつもなく大きな壁のように感じた。


「誰もいない…よな?」


慎重に耳を澄ませると、トイレの中からは誰の気配も感じられない。これなら大丈夫だと思い、勇気を振り絞ってドアを押した。女子トイレに足を踏み入れた瞬間、微かな芳香剤の香りが彼を迎えた。普段は気にも留めない香りだが、今の彼には異様に強調されて感じられ、まるでここが自分のいるべき場所ではないと警告されているかのようだった。


個室のドアを開け、中に入ると同時に鍵をかけた。狭い空間に閉じ込められた瞬間、智也はホッとした気持ちと同時に、再び強烈な緊張感が襲ってきた。


「よし…無事に入れた…」


息を整えながら、今のところ誰にも気づかれていないことを確認したが、その安心も束の間だった。


突然、トイレの外から足音が近づいてくるのが聞こえ、智也は緊張がピークに達し、息を呑んだ。足音はゆっくりと個室の前までやってきた。そして


――ガチャ…


隣の個室のドアが開き、誰かが入ってくる。智也は一瞬で誰が来たのかを察知した。声は聞こえなかったが、ドアの隙間からわずかに見えた雰囲気で、それが玲奈に違いないとわかった。


「マズい、どうしよう…」


智也は心臓が飛び出しそうになるほど焦った。玲奈が隣にいる。もし何か不自然な行動を取ってしまったら、すぐに正体がバレてしまう。


しかし、ここから逃げ出すわけにもいかない。玲奈は個室に入り、扉を閉めた。隣の存在感があまりにも大きく、静かなトイレの中でわずかな動きや音が敏感に響き渡る。智也はできるだけ自分の気配を消し、息を潜めた。


智也の耳には、玲奈のわずかな動作音すら鮮明に聞こえ、服の擦れる音ですら生々しく感じる。トイレの水が流れる音が鮮明に聞こえ、普段なら気にしない音が今はまるで耳元で鳴っているかのように感じられる。


「やばい、これじゃ変態じゃないか…」


緊張感と焦燥感が交錯し、智也の心は不安でいっぱいだった。

しばらくして玲奈が立ち去ったのを確認し、智也もトイレをあとにするのだった。

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