遠浅の海へ ~汽車と軽便、そしてバスで

与方藤士朗

第1話 園庭での点呼、そして岡山駅へ。

 ときは1958年。昭和33年の7月20日。

 この日は日曜日。しかも、夏休みの初日。


 岡山市津島町にある養護施設・よつば園では、この日から5班に分かれて小旅行が実施されることとなっている。この行事は毎年の恒例。この件に関する職員会議では特に問題点も出ず、例年のように班分けと担当職員をあてがい、そして予定通り実施されることとなった。

 宿泊先は、児島市(現在の倉敷市児島)の郊外にある海水浴場の近くにある真言宗系のお寺。ただし、寝泊まりするのはそのお寺の離れである。さすがに仏様の鎮座されている場所で子どもらをごろごろと寝転ばせで夜を過ごさせるわけにもいかない。


 日曜日ではあるが、年間でもそれなりに大きな行事であるため、普段は休みの森川一郎園長も出勤し、朝礼もいつものように済ませた。

 そして、9時40分。

 第1班として児島市に向かう子どもたちは、次々と園庭に集まった。

 この施設には現在、70人ほどの園児が在園している。おおむね2歳から15歳までの子らで、中には高等学校に進んでいる児童もいるため、高校生も男女合わせて数名いる。ただし、この班には高校生は入れられていない。

 彼・彼女らを引率するのは、結婚して一時給食していたが復職して数年目の山上敬子保母と、彼女より3歳年少の唐橋修也児童指導員。唐橋氏は言うならこの施設の幹部職員という事になるが、最初の回になることもあり、先方にしっかり挨拶しておく必要があるため今回の引率者として加わっている。ただし、彼は1泊した後ほどなくよつば園に戻ることとなっている。それに加えて、今回は特に小学生の男子児童を多めに選んでいるため、ボランティアとして岡山大学教育学部に通う男子学生・磯貝春男青年を引率者に加えている。特に2日目以降は、山上保母と共に彼が引率者として活躍する。彼は高校の先輩で法文学部法学科に通う大宮哲郎青年に紹介されて、このボランティアに加わっている。


 来年で70歳を迎える森川一郎園長のもと、第1班の結団式が園庭で行われた。

 結団式と言えば大層に聞こえるが、要は出発前の点呼。

 点呼は10分ほどで終わり、いよいよ出発。

 ここから岡山駅まで歩くと約30分ほどかかるのだが、今回は卒園生で自動車店を経営している川上正喜氏とその店の従業員らがクルマを用意してくれており、それに分乗して岡山駅に向かう。これなら、特に子どもらがぐずついたりしてもたつくことなく確実に目的地に向えるというわけである。

 クルマに分乗した第1班は、ほどなく岡山駅の西口に到着した。よつば園のある津島町から岡山駅西口までは、大きな曲がり角こそあるもののほぼ1本道で、途中に踏切にかかることもない。

 10時過ぎに岡山駅西口の駅舎に到着した後、山上保母と磯貝青年が子どもたちをまとめている間、唐橋指導員が児島までの連絡切符を購入した。

 準備ができたところで、唐橋指導員に引率された第1班の一同は改札に入り、それから宇野線のホームへと向かった。


 宇野線のホームには、すでに宇野行の客車列車が入線している。


 


 

 

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